第16話 祈りを捧ぐ者

コズモらの最初のアナウンスがあってから間も無いころ、第六区は他の場所よりもいち早く霧が段々と濃くなっていた。


オムニ・ジェネシスでも船内の大気中の水分子のバランスを保つために人工的に一時的な霧状態を作り出すことがあるが、とても薄い霧なので特に対策をする人もあまりいなかったこともあり、大抵の人はこれほどの霧を見るのが初めてであった。


多くの人間は、霧の薄い方へ…コズモたちのいる第一区を目指して歩き始めていた。


濃くなっていく霧が人々の恐怖を煽りつつある中、ペンタクロン司祭は南へと走

り続けていた。


目的地は大聖堂である。


大聖堂が化け物に襲われたという噂を耳にしたペンタクロン司祭は、全力で第三区から第六区へと駆けつけていたのであった。


(ナジーム教皇代理…どうか、ご無事で。)


ナジームは、いかなる時でも公明正大であり、ペンタクロンが見本とする兄のような存在であり、ペンタクロンにとっては一番の理解者であった。


ペンタクロンが知るナジーム教皇代理なら、大聖堂を捨てて別の場所へと移動することはないだろうと考え、一早く推参せんと走りづつける。


そんなこんなで、もうかれこれ10時間以上は走っている。


人類がその労働力のすべてを結集して作った超巨大船であるオムニ・ジェネシスの第三区から第六区など、本来は走っていくような距離ではない。


走り始めてから二時間もしないうちにふくらはぎが攣りはじめ、その後に太もももが攣り、その後は脚の裏が攣り、最終的には足全体が攣り、それが時に腹にまで伝播し、時々うずくまりながらも、尚も急ぐ。


外は夜中だろうか…身体は寒くガタガタと震え始めたので、手で身体をさすり温める。


途方もないと思われる時間を休み休みに走り続け、第六区に着くころには脚を引きずりながら手を振るだけで前進していた。


一秒でも早く、大聖堂へ。

言霊でさえも力に変えて、身体を引きずり続けた。


大聖堂のシルエットが霧から浮かび上がった時には、もはや意識さえも朦朧としていて、幻を見ているのかと疑うほどであった。



⭐︎⭐︎⭐︎



ペンタクロンは大聖堂の裏門を唸り声をあげながら開く。

異臭と血の匂いにその場で嗚咽を始めるが、すぐに立ち上がり、声を振り絞る。


「ナジーム教皇代理!いらっしゃいますか。ナジーム教皇代理!いらっしゃいま

すか。誰か、いませんか!」


ペンタクロンは足を引きずりながら『福音の大広間』をまで辿り着くと、彷徨っているような様子で辺りを散策する。

ところどころに死体が転がっている。


(すまない、後で必ず祈りを捧げてあげるからな。少しの間、待っていてくれ。)


死体を横目に、ナジームの姿を探し続ける。

凄惨な様子に何度も視線を落とす。


『福音の大広間』はとても広く、霧のせいで先の方までは見渡せなのだが、入り口付近でぼんやりと見えた人影に気づく。


「あ、あなたは誰ですか?ここで何が起こったか、知っていませんか!?」


ペンタクロンは霧の中でぼやけた人影に話しかける。

ゆっくりとシルエットが近づいてくる。


やがてその姿が段々ハッキリとするようになると、近づいてくる歩みが早まる。

ペンタクロンは小さく「あ、」とぼやいた。


ハルモニアスーツの上からではあるが、額に純金製の冠をつけ、どこか遠くを見るような離れた目に薄笑いを浮かべているような口元と奇麗な麦色の肌。


そして、胸元の赤と黒のそれより下の黒のコントラストが目立つ長いドレスを着ている。


「ペンタクロン司祭、貴方でしたか!」


「あ、あなたは、聖女ローデス様!どうしてこのようなところへ?あなたは第五区

の独立聖教会にいらっしゃったのでは?」


この聖女は、イブキ教においては少し特別な存在である。

教会の運営にかかわることに口を出す権利は認められてはいないが、求心力が強く多くの人々の心の支えになってきたとして前教皇チェンから称号を与えられた存在である。


自らの教会を建てたり教会の傘下ではあるが独自の活動を行うコミュニティーを作る権限を有し、司祭たちも顔色を伺うほどだ。


しかし、この聖女は権力や教会内での立ち位置などにはまったく関心がなく、同時に自分の管轄区域以上に活動範囲を広げないため、それほど教会内でも交流は多くはない。


「やはり、ペンタクロン司祭様でしたか………すみません、お声だけでは確信を持てませんでしたので、警戒してしまって…」


「む、無理もありません。どんな連中が潜んでいるのか、わかりませんからね。私のことを知っていただいてはいるのですね。」


「そ、それはもちろん。司祭様のお顔は一通りは……それに、ペンタクロン司祭はとても有名なお方ですし。」


図らずともデニシュ神父裁判の際にメディアに露出してしまった経緯を思い出し、ペンタクロンは、ンン…と小さく唸る。それも一息で払拭し、本題に戻る。


「あ、あの、すみません。突然ではありますが、ここで何が起きたのかご存じで

すか?大聖堂が怪物に襲われたと聞いて大急ぎで駆けつけてまいりました。」


ローデスは少し顔を曇らせる。


「か、怪物ですか……!?私は大聖堂で厄災があったとは聞きましたが、そんな話は…胸騒ぎがしたので、急いでこの場に駆け付けた次第です。あの……ずっと引きこもっている信徒だと思われているかもしれませんが、私も教会の一員です。教会の危機に動かないわけにはいきません。」


「そ、そうでしたか。」


ペンタクロンはローデスがナジームについて何も知らないとみるや、がっくりと肩を落とす。


「ナジーム教皇代理を探しております。私にとっては尊敬する兄のような存在で

す。この場にいないということは、上手く怪物から逃げおおせたのでしょう

か。」


「…私も、先ほど着いたばかりです。片っ端からこの広間を探して回りましょうか?それに……一人一人にお祈りを捧げないと。私も、そのために端から回っていこうと考えておりました。」


「ローデス様、感謝いたします。」


ペンタクロンとローデスは二手に別れて教会の死体を入り口側から確認し始める。ペンタクロンは体力的な限界が近かったが、献身が身体を突き動かした。


聖女の存在は彼に一種の支えをもたらした。一人で彷徨うにはこの広間は生々し過ぎる。


探索を始めてから10分ほどで、ローデスが短い悲鳴をあげる。


「ローデス様!?どうなさりましたか!?」


ペンタクロンは叫びながら、足を引きずり駆けつける。ローデスの目の前には、

ボコボコと穴の空いたキュウリのようなものが横たわっていた。


穴からは紫色の液体のようなものが流れ出た形跡が見られる。


「こ、これは、キュリーとか言われている生物に違いないですね。人を襲うらしいですが、もう死体となっているようです。コズモ船長の話だと、絡み取れらないように気をつけて武器を持って落ち着いて戦えば、倒せる相手だとか…」


「す、すみません、腰が抜けてしまって…二手に分かれると言いましたが、やはり一緒に回ってもらっても構いませんか?」


「もちろん、問題ありません……これも持っていた方が良いですね。」


ペンタクロンは足を引きずりながら近くに捨て置いてあった蝋燭台を拾い、その生物をつついてみる。見た目通り、死んでいるらしい。


しかし、よくよくみると、どうやらこの蝋燭台が生物に見られる穴ぼこの正体でもあ

ったことを、蝋燭台の先についた紫の液体が教えてくれた。穴のサイズもピッタリであった。


「どうやら、誰かがこの棒で突っついて、こいつをやっつけたみたいですね。」


もしや、これが化け物の正体か?

死体の様子は、どれも斬られたとか生物に襲われたとかではなく、首の骨や背骨が折れて、むしろ何か強い圧がかかった様子…


パニックになり、スタンピードが起こったのか…?


ペンタクロンは事の事実に近づきつつあった。


そして、広間の裏門側の一角で、ペンタクロンはナジーム司祭が身につけていたクロスを発見する。


そして、血痕も…


ローデスとペンタクロンは血痕を辿る…


血痕は火葬炉付きの納骨堂へと続いていた。

オムニ・ジェネシスでは葬儀場などは滅多にないのだが、信徒たちの中では灰となり大聖堂で保管されることを望むものたちもいたために出来た施設だ。


そして、少々雑だが、キツく布で包まれた納骨に、ナジームの名前が書かれていた。


ペンタクロンは膝から崩れ落ちた。



第17話「軍隊発足」へと続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る