第4話 招かざる客
第六区…ただでさえ回転がなくなり円周の一部でしか生活できなくなったというのに、今や多くの第七区からの避難民も入ってきて、この区は人でごった返していた。
ほぼ全ての機能が停止したオムニ・ジェネシスにおいて人々は自然と人が集まりそうな場所へと移動する。イブキ教の地下教会もその一つで、とりわけ大聖堂と呼ばれる第六区のもっとも大きな教会は、ちょうど地面と並行でオムニジェネシスの回転が止まった場所に位置していたせいで、近隣では最も安全な避難場所としてかつてないほど人が集まっていた。
新しく教会へと辿り着いた者たちも、扉を開けた瞬間に、ところ狭しと犇めき合う人々を一瞥してさっさと扉を閉めて別の場所へと移動するようになる。
不時着してからもう何日経ったであろうか。
船内全体には薄い霧がかかってきていた。
どこかに穴が空いているのだろう。もっとも、そうでないと空気が持たないだろうからありがたいのだが。
大聖堂は高さこそはそこまでないものの、長さ150メートルに幅90メートルという巨大建造物である。にもかかわらず、すでに『福音の大広間』に3万人は集まっているとみられ、座り込んでいる人々もなかなか脚も伸ばせないほどに混雑している状況であった。
「ナジーム教皇代理、流石にこれ以上は・・・」
祭壇の隅でナジームの付き人を務めるグレンデール司祭が耳打ちをする。
ナジーム教皇代理はかつてないほど人で埋め尽くされている教会を眺めて目を細め黙っている。
「ナジーム教皇代理、多すぎる場合は、信者を優先的に……」
こう聞くと、それを言い終わる前にナジームはギロリと信者に鋭い眼差しを向け
る。グレンデール司祭は、まずいことを言ったかな、と口をつぐむ。
「親愛なる兄弟よ。この教会へと脚を運んできた人々たちが、なにゆえ
ここに来ていると思う。文明の利器から離れ、見知らぬ土地へ踏み入れ、丸裸の
状態で荒野へ赴いてしまった恐怖と不安からであろう。」
ナジーム教皇代理は目を細める。
「たとえ我々の信者でなくとも、ここには祈る者しかいない。祈る者には手を差し伸べる。例えそれが我々の宗教を批判する人間でも、だ。それが答えだ。」
オムニ・ジェネシスでは排他的な宗教観を認めてこなかった。
そのような圧力のある中で、イブキ教は、むしろ大成功を収めた例と言えよう。
故チェン教皇は教会思想への攻撃にも常に温柔な態度で接した。
その人柄と司祭たちの結束、そして信者たちへの押しつけがましくない教えが、精神的拠り所を求める人々の支持を集めたのだった。
ナジームは相変わらずギュウギュウに詰まった人込みを眺めながら、奇妙な感覚
に襲われていた。
「なあ、確かに、不安に震える人々の群れは、決して良きことではないかもしれない。しかし、美しいではないか。今人々は、互いに手をとり寄り添いながら、互いの
安否を気遣っている。人間とは、本来こうあるべきではないか。」
ナジームの言葉に、グレンデールもよく人々を観察し始める。そして、ナジーム言葉を理解した。
「教皇代理、我々は、間違っていなかったですね。」グレンデールが呟くと、「何を言うか、我々が信仰を一度でも疑ったことがあるか。」とナジームは嬉しそうに返した。
−しかし、そのような慈愛に満ちた光景は、一瞬で崩れさる。
「ぎゃああああああああ!!」
突然に、けたたましい悲鳴が『福音の大広間』の入り口の方で響く。
何事だと教会内が凍りつく。
間も無く血しぶきが飛んだ。
音もなく入り口からそっと侵入したその獣は、おおよそ体長1mほどの巨大なキュウリのような見た目で、入り口付近の人間に絡みつき生き血を吸っているように見えた。
近くの人々は化け物が人を襲う姿を見て逃げ出し、教会内は大パニックになりみんなが一斉に裏口から逃げようと教会奥へと雪崩れ込む。
転んだものたちは容赦なく踏みつけられ、力なきものは引っ張られ叩かれてドンドン後ろへ飛ばされた。
ナジームは祭壇でこの大波を迎え撃つ。
「教皇代理!なりません!!」
グレンデールの制止をナジームはまったく耳にしていなかった。
「止まらぬか!愚か者め!!」
ナジームは両手を広げて大声で叫んだが、波は止まることはなかった。
ナジームの身体は一瞬で波に飲まれてそのまま姿が見えなくなってしまった。
「教皇代理!クソ、お前たち、止まれ~~~!!」
グレンデールは向かい来る波と戦いながら、ナジーム教皇代理を救わんと果敢に前進していった。
やがて人々は次々と教会から脱出し、ものの10分程度で、ほとんどの人間が逃げていったようだ。『福音の大広間』は、一瞬にして惨劇の場と化した。
気を失っているか怪我をして動けないか、踏みつぶされて死んでしまった人々がそこいら中に転がっていた。
ハルモニアスーツは衝撃にはある程度強いが、圧迫はそのまま伝わってしまうため、多くの人が圧迫死してしまった。
グレンデールは自身の怪我は無視し、ナジームの姿を探し続けた。
そして、祭壇から大分離れた場所で倒れているナジームを見つけ、
すぐに駆け寄ったが、すでに息絶えた後であった。
グレンデールはがっくりと肩を落とす。ナジームの付き人となったのは教皇代理とな
ってからであったが、ナジームが司祭の時からもうかれこれ何十年も彼をメンタ
ーとして慕っていた。
鼻をすすりながら「うわあぁぁん。」と子供のように大きく泣き始める。
その鳴き声に反応してか、サボテンのような生物はピクっと反応して、食べ終わったであろう人間を捨て、今度はグレンデールの方へとじゅるじゅると進んでいった。
グレンデールの視界にその姿が映った時、彼の中にかつてない怒りが芽生えた。
口元を激しくゆがめ、突如祭壇に駆け出すと、蝋燭台を手に取り、その生物めがけて全力で駆け出していく。その様子に怯えたのか、その生物はいきなり方向転換をし始める。
グレンデールは蝋燭台の先っぽを逃げる生物の身体に突き刺した。
「シャアアアアアア!!!」
音を立てて生物はジタバタと藻掻き始める。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」と叫びながら、グレンデールは何度
もその生物を突き刺す。
そして、ついにその生物は動かなくなった。
ハア、ハア、と息を荒く吐きながら、グレンデールはランプ台を捨てて、膝をついた。
「主よ― !どうしてなのですかー!?どうしてなのですかー!?」
身体が震えているのは、悲しみなのか怒りからか、はたまた反響する叫び声のせ
いなのか、あるいはそのすべてだったのか………グレンデールは祭壇前まで歩くと、
力が抜けてしまい、座り込んでしまい、しばらくの間は立つことも思考すること
もできなかった。
第5話「獣狩り」へと続く
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