第2話 英雄

コズモが目を覚ました頃には、耳をつんざくような轟音は収まっていた。


代わりに、ギシギシと船体が軋む音と、遠くで物が落ちている音、さらに遠くで動物の鳴き声のようなものが聞こえて来ていた。


ポッドの入り口を開く。


皮膚上にように感じるが、動きに支障はない。いや、むしろ、力がみなぎりいちいち動きをサポートしてくれている感覚さえある。


そして、この感覚は、表面の皮膚だけでなく、体の中まで浸透しているようだ。


これが、「ハルモニアスーツ」と呼ばれる物らしい。


突然の危機で予定よりも早く使われることになったため、ハルモニアスーツのことについて詳しい説明を聞く機会はなかった。確かなのは、皮膚の上にさらに見えない皮膚が追加されたような感覚で、何かを纏っている、というよりも、皮膚そのものがアップグレードされたように感じる。


大気に不純物が混ざっていたり、大気構成が我々にとって不都合だった場合、勝手に必要な成分だけを必要な量だけ体に取り込むようにしてくれるらしい。


それはまるで、人類がハルモニアに対応して生物として進化したようだ。


ポッドから出たコズモは、ハルモニアスーツを触ったりつねったりする。

皮膚感覚はあるし、痛覚もある。


そこまで確かめると、今度はすぐに服を着始める。


(あいつめ、やりやがった!)


コズモは口元をニヤリとさせて、物が落ちて散らかしまくった部屋のようになっている通路をかき分けて、リトル・チーキーを目指した。


(この様子だと、皆んな無事であろう…はず。)


気絶していた自分が大して衝撃を受けていないような状態で目覚めることが出来たということは、よほど上手に不時着できたのだろう。


(でも、俺にスタンガンを浴びせた事は詰ってやるぞ、バリー!)


こんなことを想像しながらコズモがリトル・チーキーの開けっ放しになっているドアへ入る。


自分の席の隣に、見慣れた人影が見えた。


「ステラ…」


コズモは自分より先に目覚めてリトル・チーキーに到着していた副船長ステラの姿を見て、安堵のため息を漏らした。



しかし_________



ステラがコズモの方を向くと、憂鬱な表情を向けたステラに、笑いかけていたコズモの顔が一瞬で不安気になる。


「船長……」


嫌な思考が頭をよぎる。


まさか…


動揺を隠せないようにフラフラと自らの席であった場所へ辿り着く。


コズモは恐る恐るそこに座る人物に目を向ける。





操縦桿そうじゅうかんを握りしめたまま、バリーは首が折れて死んでしまっていた。





「私が着いた時には、すでにこの状態でした…」


震える声のステラの言葉はもうコズモの耳には届いていない。


突如、コズモは膝からガクリと崩れ落ちる。

そして、席の手すりの手を掛けて、倒れそうなのを必死で耐えるように肩を震わせながら、その場で固まる。


ステラは心が引き裂かれる思いにかられた。


ロン、ティアナ、ミミ、などと言ったリトル・チーキーの面々が次々と集まってきたが、その度にステラが入ってきたクルー達に首を横に振って合図を送り、場は静まったままだった。


永遠とも感じられるような呼吸音の中、船の軋む音がやけに大きく響いていた。




…ほとんどのメンバーが揃ったところで、コズモはフラつきながら立ちあがろうとする。ステラがそれを支える。


「…じょ、状況は…?」


コズモの声も、また震えていた。

言葉足らずの質問でも、ステラはコズモが何を聞きたいのか分かった。


「…既にほとんどのクルーはここに集まっています。まだ到着していない者もいますが、みんな、怪我はなく、恐らく皆んな無事…だと思います。」


ステラは心配そうにコズモを覗き込みながら報告をする。


「ここに…ここに、英雄がいる。皆んなを救った英雄だ。」


コズミは席の方へ指をさす。


コズモの言葉に皆は沈黙と眼差しで応えた。


「…お前が救った命、確かに預かった…」


コズモは目を瞑り、そして、ゆっくりと開いた。


「…皆んな、落下物がまだあるかもしれないから、外殻…要するに、地下へと移動し、そこを拠点とする………建て直すぞ、船も人も!」


震えた小さい声だが、確かな力を込めて放たれた。


「アイ!!船長!!」


リトル・チーキーのクルーたちは今度は敬礼で応えた。

その眼差しには、全てを乗り越える覚悟が既に見て取れた。


「こ、この、英雄を、丁重に葬ってあげたい…先ずは彼を…地下に…」


コズモはそう言うと、バリーの亡骸を抱き抱えようとする。

しかし、操縦桿を握る手が引っ掛かる。


コズモはバリーの手から操縦桿を離そうと手を触れる。


「!!?」


バリーの手は、驚くほどの怪力でいまだにしっかりと握られていた。

コズモは、バリーの指を一本一本外しにかかる。


「ッグ」


コズモの顔がついに崩れ、嗚咽をしながら涙を流し始めた。


「…も、もう、離していいんだぞ…友よ。」


ブルブルと震えながら指を外しにかかるコズモの様子に、ステラも耐え切れず口元を抑え涙を流し始めた。


すすり泣く音の見送られながら、コズモはバリーを抱き抱えて地下へ移動を始めた。






第3話「それでも明日はやってくる」へと続く。



















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オムニ・ジェネシス 第二部 海藻ネオ @NoriWakame

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