第15話

「あれ?イブキは何処にいるの?」


 ベッドや机など、住むのに必要最低限のものが置かれた部屋。

 日が傾きかけてきてそろそろ歓迎会へと向かおうとしていた時、アキラはシシーナとキャツサに訊ねた。

 ベッドに座っていたアキラの問いに壁にもたれかかっていたシシーナは呆れた様に窓の外を見ながら答える。

 視線の先にいるのは何故か数人の子供達と匍匐前進をしているイブキだ。


「まだかくれんぼを続けている。天井に張り付いたり地面に潜ったりして隠れる子供達もどうかとは思うが、諦めを知らん奴だ」


 机で読んでいた本から視線を外したキャツサがシシーナを見る。

 その視線に気付いたシシーナが眉を顰める。


「………何だ?」

「別に」


 キャツサが再び本に視線を戻すと、アキラが手をパンと叩く。


「とにかく!イブキが楽しくかくれんぼをしているのならボクは邪魔するつもりはありません!歓迎会もボク達だけで出席しよう」


 それでいいのか?と訊ねたかったシシーナではあったものの、有無も言わせぬアキラの勢いに呑まれて何も言えない。

 そんな時だった。コンコン、と部屋の扉が叩かれて扉が開く。


「皆様、そろそろお時間です。広場にご案内します」


 部屋に入って来たメークルがそう言うと、アキラはベッドから立ち上がる。


「はい、今行きます」


 メークルについて行く形で宿舎を出た三人を迎えたのは子供達と楽しそうに遊んでいるイブキの姿だった。


「いいか!世の中にはステルスの必需品とも言えるアイテムがある!それがダンボールだ!とある伝説の傭兵曰く、『ダンボールは戦士の必需品であり古来から様々な戦士がダンボールに命を救われている。ダンボールを上手く扱えるかどうかが任務の成否を変えると言ってもいい』との事だ!」

「ダンボールスッゲェ!どんなのかわかんないけど!」


 何とバカな会話なのだろう、とシシーナは冷めた目でイブキ達の集団を見る。

 そも、ダンボールとはなんなのか。聞いた事のない単語にどの様な物かを想像する。

 ボールというからには球状のものだろう。後はダンの意味だ。そして騎士の女は思い浮かべたのは砲弾だった。

 つまり、ダンボールとはボールのように蹴ったり投げたりして使う砲弾なのだ。

 ならば、戦士の必需品であることに納得がつく。

 と、するとイブキは何も知らない子供に戦場での知恵を教えている事になる。


「おい、年端も行かない子供に物騒なことを教えるな」

「グエ」


 偉そうに演説をしているイブキを拳骨で止めて首根っこを引っ掴む。

 潰れたカエルのような悲鳴をあげるイブキを持ち上げながらシシーナはアキラの方に向ける。


「おい、やっぱりコイツは子供の教育上良くない。連れて行くが異存は無いか?」


 シシーナな提案にアキラは目を瞑り空を仰ぐ。


「うーん、本当はイブキの自由にさせてあげたいんだけど。………シシーナがそう言うなら仕方ないか。ごめんね、イブキ」


 アキラの了承を得たことを確認してシシーナはキャツサを見る。

 本を読んでいるばかりで反応はない。何とか答えてもらおうとして、シシーナが声をかけようとしたところでパタリとキャツサは本を閉じた。


「無いから好きにして」

「よし、好きにする」


 イブキを引きずりながら広場へと向かうシシーナ。イブキも一応の抵抗は見せているものの、騎士時代から一番槍として戦場で戦い生き残って来たシシーナに力で勝てるはずもない。

 そんなイブキを見ながらアキラは恍惚な表情を浮かべる。


「アキラ、涎」

「おっと」


 指摘されてアキラが涎を拭うと隠れている子供達を探すように目の前にいる子供達にお願いしていたメークルが立ち上がる。


「勇者様はイブキ様とは旧知の仲なのですよね?」


 未だ恍惚とした顔を見せるアキラにメークルは眉を顰めながら質問する。


「うん。もう唯一無二。以心伝心にして問答無用の間柄さ」

「………?問答無用は何か違いませんか?」

「ううん。合ってるよ」


 首を振り、短く答えるとアキラはそれ以上は何も言わずに再びイブキ達の動向を恍惚な表情で眺める。


「不思議な方ですね、勇者様は」

「そう?そうかも。でも………」


 キャツサは睨みつけるようにアキラを見る。


「前はこうじゃ無かったけど」

「………え?」


 それはどう言う事なのだ、とメークルが尋ねようとして、それは起こった。


「───あれ?」


 素っ頓狂なアキラの声に二人が振り向く。


「どうしましたか?」

「あれ」


 アキラの指差す先に二人が目を向ける。歓迎会もまだ始まっていないと言うのに、村の入り口辺りには煙が立っていた。


「何ですかね?焚き火にはまだ早すぎますし………」


 何だろう、と顔を覗かせるメークルをキャツサは杖で制する。

 その次の瞬間だった。メークルの金色の髪を何か素早いものが掠めていく。

 小さい悲鳴を上げるメークルが腰を抜かすと、すかさずアキラがメークルを守るように前に立ち塞がる。


「お姉ちゃん?」

「来ちゃダメだ!」


 メークルの悲鳴に宿舎から顔を出す子供達にアキラは叫ぶ。

 再び何かがアキラ達に向かって飛んでくる。今度は確実にアキラの眉間を捉えて一直線に空を裂く。

 だが、そのアキラに焦りの表情は見えない。先程までの涎を垂らしただらしない顔とは裏腹に、飛翔物を捉え、まるで手に吸い込まれた様にそれを掴む。

 それが放つ鈍い光がアキラの目に入る。それは矢だった。


「キャツサ、撃った奴見えた?」

「見えなかった」


 丘の上から村を見渡してみるが、誰も彼もが米粒の様に小さい。この状態で丘の上にいる自分達を正確に射抜くなど普通ならば不可能であるとアキラは考えた。これは十中八九射撃系のスキル持ちがいるだろう。

 次第に悲鳴がアキラ達の耳に飛び込んでくる。

 

「とにかく、メークルは子供達と一緒に教会に避難して!」

「は、はい!」


 メークルの返事を皮切りにアキラとキャツサが走る。


「で、どうするの?」

「まずはイブキとシシーナと合流!すれ違った人達には教会に向かう様に指示!」

「了解」


 足の遅いキャツサを置いて丘を下り瞬く間にアキラは村に入る。

 幸いなことに、現時点で彼の目に斃れた人間は入らない。

 教会への避難誘導を行いながら、村の入り口に向かって走る。

 次第にすれ違う村人も少なくなっていき、最後にその場に残っていたのは家屋を漁る身なりの汚い男たちだけだった。

 

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全ては終わりから始まった @yamadasmith

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