第2話 実食!

「殴ったったわ」

『なんてことするんスか!?』

 仕事を終えて帰って来たミミィは得意げに拳を突上げたが、サミュルゥは頭を抱えている。レリアはベッドの上に正座してミミィを称えるように拍手をしている。

「だってアイツムカついたから」

 ミミィのその言葉に、レリアもうんうんと頷く。

『いやまあ確かに、アレな人では有りましたけど……でもグーで殴らなくても……』

「二発ね、二発。まず顔面にストレート。そして倒れたところに顔面ストレート」

『せめて一発はジャブであれっス!』

「いやだってさ、いきなり「転生先ではモテモテハーレム作りたいから女を自分の意のままに操れるエロい能力くれよ!」とかアタシに向かって言うの、その時点でクソセクハラじゃん?」

 女神も地上で暮らすうちにちゃんとハラスメントの倫理観が身についている様子です。

『それは、そうっスけど……』

「でもって、仕方なく与えてやったその能力をいきなりアタシに対して使って、「お前がハーレム奴隷第一号だー!」とか言って抱きつこうとしてくるのよ? これ、どう考えても殴って正解でしょ」

「そうだー!アタシだったら殺してたね!!」

 意外と過激派のレリアさんです。

『まあまあ……実際には与えた力は女神や神様には効かないようになってる訳ですし……』

 人間に力を与えた結果、その力を持って神に反旗を翻すという歴史がかつて存在し、その度に神たちはそれを跳ね返してきたのだが、一度何人かの神を手にかけられた経験を経て、与える能力は神や女神に対しては効力を発揮しないという制約が付与されるようになった。

 それはある意味では神が人間に対する信頼を捨てた瞬間でもあり、神と人間という関係性の分岐点でもあった。

 それでも失われた命を救い転生させ、能力を与え続けているのは慈悲以外の何物でも無いのだが――――

「いる?あいつに慈悲。あの場で魂ごと消滅させた方が世の為じゃない?」

『……まあそこは、神様の判断っスから……彼もきっと転生先で何かを成してくれるっスよ』

「……まあ良いけどね、ハーレム能力はオスのモンスターにしか効かないようにしといてやったし」

「そうなの?」

「そりゃそうよ。異世界の住人とは言えあんな奴に好き勝手される女性たちさすがにかわいそうでしょ。きっとどこかにイケメンのモンスターが居て、なんやかんやで「なんだよ……俺なんでこんなやつにちょっとドキドキしてんだよ……」みたいな流れになって、一部の界隈でそれなりの人気を獲得する感じになるわよきっと」

『――――それ、いいっスねぇ……』

 思わず口から萌えが漏れ出るサミュルゥ。

「お、刺さった?ミュルさんに刺さった?」

『いや、ウチはそんな……さ、刺さりました…!くぅ、嘘はつけない!オタクとして自分の性癖に嘘はつけないっス!』

 どうやら一部の界隈が想像以上に近くに居たようです。

「そうかそうか、今度またミュルさんが好きそうな作品見つけたら送るよ」

『それは、あの……ありがたいっス……!』

 自分がどんどん世俗にまみれていくことに対する抵抗と、好きなモノを見つけてしまってそれをもっと得たいという欲が常に葛藤しているが、最終的にはいつも欲が勝ってしまうサミュルゥさんです。

「じゃあ、今日の仕事はこれで終わりよね?」

『あ、えーと……まあ、そっスね。さっきの人もハーレムはともかくそれなりに強くした状態で異世界に送ってはいるので、仕事完了ってことにしとくっスよ』

「殴ったことは報告する?」

『いやぁ……ま、今回はあの人もだいぶ悪かったので見なかったことにするっスよ。実はウチもだいぶムカついてたので』

 ニカッと笑うサミュルゥに、画面越しのエアハイタッチを決めるミミィと、またしても拍手を送るレリア。

 なんとなく丸く収まったようです。


「よっし!じゃあドーナツだ!買い物行くよレリア!」

「はいはーい。待ってました。あ、ミュルさーん。良かったら後でこっち来るー?ドーナツ一緒に食べようよー」

『えっ、良いんスか?……あーでも今日残業がどうっスかね……もしかしたら頼まれるかも……』

「そんなの断っちゃいなさいよ。女神にも働き方改革が必要なのよ?」

「そうだそうだー」

『……お二人が言うと説得力が有るような無いような……でもま、そっスね!文句言われたら、一番の繁忙期を狙って残ってる有給全部使うぞ!って脅してやるっス』

「あははは、いいねそれ。ミュルさんは優秀なんだから、大事にされりゃあ良いのよ」

「そそ、大事にしてくれないなら、自分で自分を大事にするしかないし、そうされるように周りを動かしちゃおー」

『たまには良いこと言うんスね、お二人』

「なにおぅ?アタシはいつでも良い事しか言わないわよ」

「私もー」

 言っててそれはさすがに嘘だと自分でも思ったのか、突然大笑いするミミィとレリア。それにつられて笑うサミュルゥ。3人はなんだかんだ仲良しなのです。

『じゃあ、また夜にでもー。行く前に連絡するッス』

「別に連絡しないで来たいときに来て良いよ。多分夜もう出かけないし」

『本当っスか?……いやでも、連絡はするっスよ、礼儀として』

「まじめだねーミュルさんは。でも、それ良いとこだと思うよー」

『……あざっス』

 照れつつも嬉しそうなサミュルゥ。

「よし、じゃあ今日はパーティね。ドーナツパーティ!!楽しくなりそうだわ!!」



 数時間後……机の上には、ピラミッド状に重ねられたドーナツの山がそびえ立っていた。

「……作り過ぎたんじゃない……?」

「……うん、ごめん。調子に乗ったー……でもさ、ミミィが生地をいろんな形に作ってゲラゲラ笑ってたから私も一緒になってさ……」

「いやまあ悪乗りした部分は認めるわよ。そして実際に油で揚げて完成したら膨らんで元の形イマイチ分からないから、あの場のノリだけだったわね……」

「うん……これ、なんだっけー?何の形?」

 ドーナツを一つ手に取ってまじまじと眺める二人。

 それは、一本の長い棒状のドーナツに何本かの細い棒ドーナツが刺さっているような形をしていた。

 ……しばしの沈黙。二人ともそれが何の形だったのか思い出せない。

「……なんだろ……釘バットかな……もしくは、ほらあるじゃん、トゲの付いた棒が転がって来る罠みたいなの……アレかな?」

「どっちにしても、なんでドーナツで殺傷力高いもの作ろうと思ったのー?」

「あっ、違うかも!!めちゃめちゃ釘を刺された藁人形かもしれない!」

「それこそなんで!?」

 そう問われて、ミミィは突然冷静さを取り戻したような顔でレリアの肩に手を置く。

「いい、レリア……悪ノリに理由なんて無いのよ。理由が無いから悪ノリなのよ!!」

「…………それはそう!!」

 なんとなく納得した二人は、改めてドーナツに向き合う。

「けど、一番大事なのは味なのよ。食べて美味しければ形がどうであれ関係ないわ」

「そうだね、食べてしまえばもうそこに形は無いもんね」

 盛り付けに命を賭けている料理人が聞いたら怒り狂いそうな発言をしながらも、二人はドーナツを一つずつ手に取る。

 ドーナツにかけられた、買い物に行った先で衝動的に購入したハチミツとシロップが固まってツヤツヤしている。

「作ってる時から感じてたけど……すっごい良い匂いするね……!」

「するねー……!」

 二人の顔が期待で膨らんで口角が高く高く上がる。

 顔を見合わせて、強く頷く。

 まるで大事な場面でスローモーションになるように仰々しく、二人のドーナツを持つ手がクロスされて、お互い相手の口元までドーナツを運ぶ。

「いざ」

「いざ!」

 そしてお互いに食べさせ合うと―――――その目が、カッッ!!と大きく開かれた。


「――――――――――美味いっっっ!!!」

「おーーーいしーーーーい!!!」


 自作したドーナツのあまりの美味しさに感動しつつも、相手に食べさせたドーナツを今度はお互い自分で食べる。

「美味いね!!」

「美味しいね!!」

 二人はそれはもうにっこにこであっという間に手に持っていたドーナツを胃の中に滑り込ませた。

「こんなに、こんなに美味しく出来るとは……!!」

「ほんとにねー。作ったの私だけど」

「もちろんもちろん。天才、レリアちゃんてんさーーい!!」

 両手がドーナツの油で汚れてるので、おでこをおでこにこすりつけることで頭を撫でてる感じを出すミミィと、それを理解してちょっと痛いけど嬉しそうに「うへへへへ」と笑うレリア。

「作ってみるもんだね、値上げに対する怒りが幸せにつながることもある。世の中って面白いよね」

「まあ、そうなんだけど――――」

 レリアは、先ほどまでドーナツを作っていた、まだいろいろな材料が置きっぱなしのキッチンへ視線を送る。

 そこには、この為に買ったベーキングパウダーはもちろん、せっかくだからとちょっと奮発したお高めの無塩バターと牛乳、そしてカラッと揚げられるという触れ込みの良い油。さらにはこれもあった方が絶対に良い、と盛り上がった国産ハチミツと良さげなシロップ。

「……これさ、結局ドーナツ店で買った方が安かったんじゃない?」

「それはまあ……そうね」

 一瞬気まずい時間が流れるが、それを打ち消すようにミミィはドーナツを頬張る。

「へもは、ほほへはへひひふを……」

「落ち着いて落ち着いて。飲み込んでから話そうねー」

 ドーナツに使って余った牛乳を温めたホットミルクをミミィに差し出す。

 いろいろな意味で準備は万端でこのパーティは始まっているのです。

「んっんっんっ……えっ、美味しいこの牛乳。高い牛乳は違うわね」

「高いと言っても100円くらいの違いだけどねー。まあでもやっぱり違うよね」

「でも、店のドーナツとこのドーナツはそれほど大きな違いはないわよね」

「……その場合、どっちの意味だろ。こっちが高い方なのか安い方なのかー…?」

「いやいや、確かにわりとお金はかかったけど、総合的に見たら絶対こっちのが安いわよ。量もたくさんだし、ベーキングパウダーも無塩バターもまだあるし、ハチミツやシロップは他のことにも使えるし、結果的にはお得ね!!」

「そうかなー」

「そうよ、なによりもアタシたちは今、お金では買えない経験と技術を手に入れたのよ。これからは店に行かなくても好きな時にドーナツが食べられるのよ!?」

「うん、作るのは私だけどね」

「ありがとね、ほんっっっっとうにありがとね」

 強くハグをしようと思ったけど手が汚れてるからとりあえずレリアの肩に顎を乗っけるミミィさんです。


「ま、細かいことは良いじゃない。せっかくだから楽しみましょうよ!アタシたちは今、この世界でこうやって生きてるんだからさ!」

「―――…そうだね、よーし、この世界を楽しむぞー!!」


 二人がパーティを再開したタイミングで、部屋の呼び鈴が鳴る。


「あっ、ミュルさん来たかな、来たかな」

 少し前にこの時間には着く、連絡を受けていた時間ピッタリだった。

「うん、きっとそうだよ。よーし、出迎えよー!」


 二人は慌ててウェットティッシュで手を拭いて、ドアの前まで体を寄せあいながら駆け足で近寄る。


 そしてドアを開けて、満面の笑顔で言うのだ。


「「ようこそ、女神の部屋へ!!」」


 二人のゆるくも幸せな日々は、まだまだこれからも続きそうである。


            おしまい。

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ゆる女神のだる日常。 猫寝 @byousin

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