第14話
涼乃との
俺は分かるつもりになっていた。茂地さんが印税の取得と作家デビューを果たす可能性を考えて、微かにメラッとしたものを覚えた。それこそが文芸部の抱いている感情だと確信していた。
そんなわけがない。
文芸部の部員は、日々小説家を志してパソコンの前に向かい合っている。万単位の文字を書き連ねて、物語のキャラや展開に頭を悩ませて作品を世に送り出している。
そんな
ケアが必要なのは依頼者だけじゃない。文芸部の人員が抱えるものを分かち合うにはどうすればいいんだろう。
一時間目の授業が始まる前に思考をめぐらせていると、スマートフォンに通知が入った。
通知は藤川先輩からだった。何かと思って電子的な文字を視線でなぞって、はぁ⁉ と驚愕の言葉が口を突いた。
アプリには、茂地さんが文芸部の顧問に退部届を提出した旨が記されていた。文芸部の部員にサボりを咎められて、うっとうしさに負けて退部届を叩きつけたようだ。
文芸部の部長はカンカン。藤川先輩にあれこれ言ったあげく、放課後に退部代行部の部室に乗り込む旨を叩きつけたらしい。
まだ考えはまとまっていないけど、こうなったら是非もない。本番までに理論武装して臨むだけだ。その後は俺たちのアドリブ力に任せる。
満を持して部室に足を運んだ。部活仲間とあいさつを交わすルーティンを済ませて、青風が淹れてくれた紅茶でリラックスする。
室内と廊下を隔てるドアがガラッとスライドした。険しい顔をした男子が部室の床を踏みしめる。
藤川先輩が微笑に努めて席を勧めた。
文芸部の部長がつかつかと歩み寄る。わりと落ち着きのある動きで依頼者席に腰を下ろした。
「今日は暑いですね。これも地球温暖化の影響なんでしょうか」
「御託はいい。こっちにも部活があるんだ、早速本題について語り合おうじゃないか」
藤川先輩が俺に横目を向ける。
私がやろうか? そんな意図を感じて、俺は率先して椅子から腰を浮かせた。文芸部部長と同じ机を挟み、苛立ち混じりの瞳と向かい合う。
「初めまして。退部代行部一年の蕪木です。今回話し合いの場に足を運んでいただいてありがとうございます。そちらの希望通り本題に入りますが、文芸部に所属している茂地さんが退部を望んでいます」
「それはもういいよ。これ以上あいつがいても部室内の空気が悪くなるだけだし」
俺は思わず目をしばたかせる。
どう見てもぷんぷんしているから、てっきり退部は断固認めん! と声を張り上げてくると思っていた。何だか拍子抜けだ。
「では――」
「ただし茂地の作品は文芸部のものとして譲渡してもらう。これが茂地の退部を認める絶対条件だ」
やはりそうきたか。
一応答えは用意してきた。俺は頭の中にまとめてきた情報を頼りに言葉を紡ぐ。
「あの小説は茂地さんが書き上げたものと聞いています。それに間違いはありませんか?」
「ああそうだ。だが入部した頃の茂地は執筆のいろはも知らなかった。あの小説は、俺たちが懇切丁寧に書き方を教えてアイデアを出したから完成したんだ。茂地一人なら書き上げることはできなかった。だからあれは俺たち文芸部のものだ」
そうくるだろうと予想はしていた。
きっと事実だ。茂地さんの小説は文体がつたなかった。そのわりにストーリー構成は割としっかりしていて、文章を視線でなぞるとサポートに入った別の誰かを想起させた。
だから気持ちは少し分かる。分前さんが主張する理屈も分かるんだ。
俺はおもむろにまぶたを下ろしてかぶりを振った。
「いいえ。残念ですけど、その場合でも小説の著作権は茂地さんに帰属します」
「何でだよ」
「著作権上では、単なるアイデアそのものに著作権は発生しないんです。茂地さんの小説に具体的な表現でもあれば話は別でしたが、他のみなさんの作品に目を通しても類似する表現は見られませんでした」
「だから俺たちは権利を主張できないってか?」
「はい」
「何だよ、それ」
分前さんが依頼者席から勢いよく腰を上げた。両の手のひらを叩きつけて机の天板を叩き鳴らす。
「ふざけるな! そんなの認められるわけないだろ! 大体何が著作権上だよ⁉ 法律が許したらお前は人を殺すのか⁉ ええッ⁉」
眼鏡に飾られた顔がしわを寄せて威圧する。
感情に支配されているようでいて、完全には理性を手放していないように映る。似たような反応を見たことがあるからだろうか。分前さんの荒れようはどこか嘘くさい。
俺の前にいるのは部長一人だけど、彼の背中には文芸部部員の意思も乗っかっている。分前さんが折れたら、茂地さんに投資した時間や労力が無駄になる。部の長を担う者としての責任感が、理性を握りしめて離さないのだろう。
まだ対話はできる。
後はもう理屈じゃない。俺がどれだけ分前さんの感情に寄り添えるかだ。
退部代行 原滝 飛沫 @white10
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