第24話 救いの力

 尊斗たちが突然集会に飛び込んでも、部外者として排除される可能性がある。まずは侵入するための理由がほしいと円野見が言った。そして、花柳に向かって「声がでかくて、興奮しやすく、しかし大浦と喧嘩しようとは思わない気の弱さを持つ、先輩に下心を持っている信者を1人誘き寄せてください」と頼んだのだった。誘き寄せる理由は、あの集会に迷い込んだ後輩の尊斗と円野見が、カグチをイカサマと言って花柳を責め、理不尽な要求をしてきて困っていると相談すればいいと平然とした顔で言ってのけた。

 何でわざわざそんな指定をするんだと尊斗が聞くと、滅茶苦茶に怒らせて興奮させたいからだと尊斗は答えた。曰く、興奮は伝染する。その誘き寄せた1人から集団を興奮状態にさせて、冷静な判断をできなくさせるらしい。そもそもそんな都合のいい人間がいるかと思ったが、本当にいたようだ。

花柳に過剰なほどまとわりついているかと思いきや、たまにこちらを振り返って憎々しそうに睨んでくるので、尊斗もぎろっと凄んでやる。するとすぐに首を引っ込めて前を向いた。

 先頭を歩いていた花柳が立ち止まった。


「知っていると思いますけど、ここです」


 尊斗が散々探し回って見つけたあの雑居ビルの前までいつの間にか来ていた。休日ということもあり、楽しそうに笑う家族やはしゃいだ友人同士、腕を組んでいる恋人といった具合で、通りを行き交う人々は平和で穏やかだった。あの雑居ビルの薄暗い階段が浮いているように尊斗は見えた。あそこから奈落の底に落ちていけそうだった。


「行くぞ、大浦」

「……言われなくてもわぁってるよ」


 円野見の声に促されて、尊斗はまた雑居ビルの階段を上った。途中で手すりから頭を出して尊斗は入り口を確認したが、明るい外とビルの内側はくっきりと世界が区切られているようだった。

 先頭に立っていた花柳がどうぞと扉を開くと、まず真っ先に信者の男が入っていった。カグチさまカグチさまと声を上げている。続いて、尊斗と円野見も室内に踏み込んだ。

 多くの信者が既に待っていた。以前とは違い、折り畳み式の椅子はなく、全員が立っている。人が多すぎて座るスペースがないらしい。狭い部屋の中に大人数が押し込められて、空気が生ぬるいように尊斗は感じた。

 信者の男は足音荒く、信者たちの前でスカーレット色のジャケットを着て立っているカグチに駆け寄った。横に控えていた信者も突き飛ばして、教主の血色のいい手にすがりつく。


「カグチさまっ、どうかお助けください! お力を見せてやってください!」

「もちろん、今日もあなた方のために力を使うつもりですよ」

「違うんです、カグチさま! あいつらが、カグチさまの力がイカサマだと! 我々を狂っていると! お、俺を、馬鹿にしやがったんですよぉ!」

「あいつら?」


 カグチの視線が、尊斗と円野見を捉えた。嫌そうな素振りでも見せるかと思えば、親しみを込めた笑みが向けられる。尊斗は反吐が出そうだった。


「話はわかりました。落ち着いてください」

「そ、それどころかぁ、灯ちゃんを脅しやがったんですよぉ! カグチさまを嘘つき呼ばわりしてぇ、かわいそうな灯ちゃんを怯えさせて、俺を邪魔者扱いしやがってぇ!」


 話していくうちに怒りが再燃していったのか、信者の男は両手で頭をかきむしりながらどすんどすんとその場で地団駄を踏んだ。階下に人がいればすっ飛んできそうな勢いだった。

 信者の男の言葉に、その熱が伝導するようにほかの信者たちもざわざわと騒ぎ始めた。嫌な感じの熱のこもった視線が尊斗と円野見に集まった。

 空気の変化を感じたのか、カグチが信者を落ち着かせようと口を開いた。


「皆さん、落ち着いてください。初めての人が疑ってしまうのはなにも悪いことではありません。ですから――」

「あなたが、この馬鹿げた集団の代表ですよね。訳のわからない力を振りかざして、人から信頼を得るのは楽しそうですね」


 カグチが信者を落ち着かせる前に、円野見が前に進み出てよく響く声で堂々と馬鹿にした。あまりにも滑らかに語ったせいですぐには意味が追いつかなかったらしく、一瞬静かになった信者たちがまた蜂の巣をつついたように口々に騒ぎ始める。何だあいつは、腹が立つ、天罰が下ると悪意を持った言葉が飛び交っている。

 目の前に立つ円野見にカグチは困った顔をして、小さい子どもに話すように声をかける。


「君もこの間見かけたね。お名前は?」

「イカサマをする偽霊能者に教えたいと思う人はいないと思います。それでも言えと強要しますか?」

「ええっと、君は私が気に入らないんだね」

「そうですね。調子のいいことを言って、あなたはその御大層な力を理由に、人から金を巻き上げようとして、僕の友人を怪我させたでしょう。どうやってあなたのことを気に入れと。正直に言えば、虫酸が走ります」


 げっという声を思わず尊斗は漏らしてしまったが、周りの声にうまく消されたようで誰にも聞かれることはなかった。ある意味台本の一部のようなものとはいえ、友人と言われるとぞわっと落ち着かない。

 円野見の言葉を聞いたカグチは尊斗を一瞬見たかと思うと、眉尻を下げて困った顔をしながらわかったと返した。すかさず円野見が言葉を切り返す。


「何がわかったんですか。自分がイカサマ師であることを認めてくれるなら、話は早いです」

「いいや、私の力は本当だ。けど、君が怒る理由の一端がわかったんだ。……でも、お金はしようがないことだと思っている。無償だと逆に多くの人を救えないと気づかされたんだ。いただけるところもらうことによって、もっと僕の力が必要な人のための環境や設備、道具をそろえることができる。もちろん、もらうお金に見合うだけの力はふるったつもりだよ」

「詭弁にしか聞こえませんが。では、怪我についてはどんな理由を並べてくれるんですか?」

「怪我については、本当に私の未熟さによるものだ。うまく力をコントロールできなかった。申し訳ない」


 カグチは腰を曲げて、尊斗のほうに向けて深々と頭を下げた。突然なんの真似だとその頭を尊斗が睨んでいると、後ろの信者たちからぐすぐすと涙を拭う音がちらほらと聞こえてきた。何に感動しているかさっぱりわからない上に気味が悪く、尊斗は振り返ることができなかった。

 数秒頭を下げたカグチは、顔を上げると誠実に歩み寄るようにして円野見と視線を合わせた。


「これは、私が悪かった。けれど、灯ちゃんを脅すのは話が違うんじゃないのかな。そういった怒りのぶつけ方がよくないのはわかるよね」

「そうですか? あなたみたいな不審人物を信じている時点で彼女も同罪だと僕は思います。これは正当な怒りのぶつけ方では」

「いいや、違うよ。そして、それが間違っていると君もわかっているはずだよ。わからないふりをしているだけだね。わざとそうしている」

「そうさせている理由はあなたです。あなたの力が、本当に心底、花柳先輩にぶつけないといけないぐらいに、腹立たしいんです。思考もまともにできない人たちをお手軽に騙す力を誇っているようですけど、恥ずかしくならないんですか? あなたも、あなた方も」


 そこで円野見が、カグチだけではなく信者たちにも振り返って淡々と指摘をした。はっきりと発音された言葉たちは、全てが言い切られる前に場を沸騰させた。つまり、信者たちは怒り狂った。暴力とまではいかずとも、一斉に詰め寄って口々に罵倒してくる。ガタイのいい円野見ですら一歩ぐらつくほどの言葉の群れが、渦を巻いて押し寄せてくる。それを、円野見はただ静かな目で見つめている。

 顔を真っ赤にして怒っているはずなのに、円野見に見つめられた信者たちはあと一歩のところを踏み込まない。そこだけ空気の抜ける穴があるように、勢いがなくなって立ち止まってしまう。

 うまく責めることができずに困った信者たちは、自分達の救い主に懇願する。


「カグチさま、力をお見せください!」

「あなたの力を使ってやってください!」

「本当であることを、私たちの信じるものこそ正しいと教えてください!」


 熱した油に水を垂らした有り様だった。ばちばちと弾ける油のように、制御できないほど信者たちは熱くなっていた。カグチの後ろに控えていた信者が静かにさせようと声を張り上げるが、そんなものは当然届かない。

 静かにカグチが手を広げた。

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