第2話 超能力少年の噂
大浦尊斗は、オカルトが大嫌いだ。
今から3年前、一緒に暮らしている祖母が騙されたことがきっかけだった。尊斗が気づいたときにはもう既に遅く、素晴らしい力を持ったと非常に徳の高い先生の念が込もっているという水盤を買っていた。数百万払ったらしい。いつも仕事で家を空けている忙しい尊斗の父親がすっ飛んできて、祖母を強い口調で叱っていた。細く頼りない祖母の背中がうなだれて悲しいほど丸くなっていた。
しかし、祖母は偉大な先生の力とやらを頑なに信じた。いますぐ返してこいと父が怒鳴っても、祖母は水盤を胸に抱えて守ろうとした。無理矢理引き剥がそうとしても必死に抵抗する。奇跡は本当に起こったの、これは本物なの、とてもありがたいものなのと涙ながらに訴えて、父は余計に怒り狂った。
結果、二人の関係には決定的な
オカルトなんてものは、弱い人間を騙す方法でしかない。だから、嫌いだ。
昼休みを終えた生徒たちは、満腹感と穏やかな陽気による眠気とだるさに耐えて授業をこなした。退屈な授業さえ乗り切ってしまえば、放課後には各々自由の身となる。
「――連絡事項は以上だな。それじゃ、解散」
クラス担任の適当な合図で、生徒たちは一斉に散らばっていく。部活へ向かう生徒やまっすぐ家に帰る生徒、塾へ行く準備をしたり、どこかへ寄り道しようと遊びの相談をしている生徒もいる。
「それじゃあ、また明日ね」
隣の席から立ち上がった実羽が、のんびりと立ち上がって手を振る。その額には、体育の授業中に受けとめ損ねたボールがぶつかって赤くなった痕がうっすら残っている。
尊斗が軽く手を振ると、実羽はにっこりと微笑んで美和子と並んで教室を出ていく。扉をくぐる直前に美和子がべっと舌を出してきたのは、見なかったことにした。
二人の姿が見えなくなってから、手鏡を見ながら前髪を整えている奴の椅子を尊斗は蹴った。わっと情けない洋司の声が上がる。
「なになに、何だよ、オーララくん! 今日は合コンだって言ったじゃん! せっかくキメた前髪が駄目になるだろっ!」
「お前の前髪なんか知るかよ。それより、来栖の言ってた巡とかいう奴のこと知ってるか?」
「あーもう、オーララくんは意外とわがままだよね……もしかして甘えられてる?」
「ふざけんな」
軽い口調でふざけられると何と返していいか尊斗はわからなくなる。わざとぶっきらぼうに返事をすると、洋司が仕方ないというようにはいはいと受け入れる。自分とは違って良い奴だなとは思うが、尊斗の口はへの字に引き結ばれている。
振り返った洋司は、仏頂面の尊斗を見るとにやりと笑った。
「しかし、なるほどなあ。オーララくんの本命はどっちだろうとは思ってたけど、実羽ちゃんだったかあ」
「は? 勝手に俺をお前と同類にすんな」
「心配すんなって。俺はたくさんの女の子に好かれたいだけで、誰狙いってわけじゃないからさぁ。ライバルにはなんないよ」
「……いいから。知ってることがあんなら教えろよ」
もう一度足を伸ばして椅子を蹴ると、嫉妬する男はモテないんだぞと茶化される。さすがに苛々してきた尊斗が指の関節をぽきぽきと鳴らしていると、ようやく洋司が質問したことについて答える。
「
「はぁ?」
「うわ、嫌そー。まあ恋敵だし、オーララくんの苦手なタイプかもね。なんか、小学校のときに、何だっけ、なんかしたのを見たって聞いたけど」
「子供騙しのイカサマに引っ掛かったんだろ。そもそも小学生のガキのときの話だし、信用できねぇ」
「実際のとこは俺もわかんないよ。でも、同じ小学校だったって奴は、オカルトの話題では口をそろえて円野見くんを話題に出すかな。……ああ、実羽ちゃんも小学校が同じだったはずだよ」
同じ小学校だった奴から超能力少年だか何だかと思われているらしいその人物が、どうも尊斗には引っ掛かる。超能力という言葉のせいか、そいつがとてつもない陰険で性悪な詐欺師に思えてくる。目の前にいると考えただけで、拳が出そうだ。
無意識に力の入った尊斗の肩を、洋司が軽く叩いた。
「実羽ちゃんが話題にした相手ではあるけど、実際に2人が話しているところなんて見たことないよ。円野見くんって真面目で地味な感じの普通な人だし、見た目のインパクト大のオーララくんのほうが印象は強いって。ちょっとギャップで優しくしてみたりしたら、意外といけるんじゃないかなぁと思うわけ!」
「だから、違うって言ってんだろ」
「せっかくアドバイスしたのに冷たくない? って、あの人だよ。円野見くん、あそこの廊下に歩いている黒髪」
「……どれだよ」
洋司が指差す方向を視線で辿っていくと、廊下を歩いている一人に行き着いた。第一ボタンまできっちり閉めて、背筋をまっすぐ伸ばし、重そうに膨らんでいる学生鞄を肩にかけている。真面目な優等生といった地味な生徒だった。尊斗が小突けば、すぐふっ飛んでいってしまいそうだ。ああいうタイプは、大体向こうのほうから尊斗を避ける。
「あいつが、超能力少年?」
「って言っても、あくまでも小学校のときの話みたいだけど。……げ、やば。待ち合わせ時間ぎりぎりじゃん! じゃあね、オーララくん! このアドバイスへのお返しは、また明日でいいからね!」
慌ただしく立ち上がった洋司は、勝手にお礼を請求したかと思うとさっさと教室を出ていってしまった。合コンに一途なその背中を見送っているうちに、尊斗は廊下にいた円野見巡の姿を見失ってしまった。もう行ってしまったのかもしれない。
窓から玄関ホールから例の超能力少年が出てこないかと見ていたが、途中で馬鹿らしくなって止めた。
「……まあ、小学生のときって話だしな」
オカルト嫌いのせいで少し過敏になっていたかもしれない。尊斗は自分の軽い鞄を持って立ち上がる。そろそろ帰らないと遅くなって、尊斗の祖母が心配してしまう。
尊斗の家から学校まではバスで6駅ほどの道のりとなる。バス停は校門を出たすぐ横にあるが、帰りの生徒が並んで列になっている。だから、尊斗は帰りの2駅分を歩くことにしていた。2駅先でバスは電車の改札前に停まって多くの乗客が降りるので、そこからバスに乗ると座席に座れる。何よりも狭い空間で人と肩をぶつけるよりも歩いたほうがマシだった。
尊斗のほかにも、同じ制服を着ている生徒がちらほらと駅までの道を歩いている。バスの2駅分を歩こうとする生徒はそれなりにいた。彼らの中に混じって同じように歩いていると、まるで自分も同じような存在である気がして違和感がある。
尊斗は多くのクラスメイトから遠巻きにされている。厳つい見た目に違わず、以前はグレていた。校則違反のピアスを開けたり、髪を染めたり、制服を着崩したりといったかわいいレベルのものではない。夜な夜な町を我が物顔で闊歩し、いわゆる悪い仲間たちとつるみ、喧嘩も時にはして、補導しようとする警察と追いかけっこをして、校長室に呼び出されたこともあった。中学時代は授業なんてまともに受ける気がしなかった。学生なんてものはサーカスの動物みたいなもので、教師に芸を教えられ、大人を喜ばすために調教される。そんなふうにしか思えなくて、学校という場所が気味悪かった。今でもその気持ちがないわけでもない。
ただ、尊斗はこれ以上祖母の負担になりたくなかった。馬鹿なりに必死になって勉強して、髪も黒に戻して、お気に入りのピアスも捨てて、仲間には腰抜けと罵られつつ背中を向けて、やっと今の高校に入ることができた。どんな苦痛も、祖母を苦しませることに比べればどうということがないと気づいたからだった。
この選択が正しいことだったのか、今も尊斗にはわかっていない。もっと他にも道があったんじゃないかと思う。ただ、いまさらグレたってカッコ悪いという自意識だけで尊斗は学生をしていた。
信号が青になるのを待ちながら、目の前を次々と通り過ぎていく車を眺めた。ふと流れていく車と車の向こうにいる人物が尊斗の目に入った。その人は、超能力少年と噂される円野見巡だった。
円野見は地面に膝をついて、誰かと向き合っていた。相手は歩道脇に設置されたベンチに座っている老婦人だった。距離があるから表情ははっきりしないが、老婦人は力なく項垂れて暗い雰囲気だった。よく見ると、その手にはお金が入っていそうな分厚い茶封筒が握られていた。
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