第3話 氷雨の彼方に

夜が明け始める頃、氷雨はようやく止んだ。外の世界はしっとりと濡れた静寂に包まれている。澪はベッドの中で目を閉じたまま、規則的な呼吸を繰り返していた。隣には悠馬がいる。二人の間にあるのは重い沈黙だった。


悠馬は天井を見つめながら、昨夜の出来事を思い返していた。冷たい雨音の中で、二人は兄妹という境界を越えてしまった。その事実が頭を離れない。それが正しくないことは分かっている。それでも、あの瞬間に澪が見せた涙と震える声を思い出すと、どうしても彼女を拒むことはできなかった。


澪がゆっくりと目を開けた。「おはよう、兄さん……」


「おはよう、澪。」

悠馬の声は掠れていた。澪は彼の表情をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと体を起こし、毛布をぎゅっと抱きしめた。


「ねえ、昨夜のこと、後悔してる?」

その言葉に悠馬はぎくりとした。正直、後悔していないわけではない。しかし、後悔だけでは説明できない感情が彼の中に渦巻いていた。


「……正直に言うと、何が正しいのか分からない。」

「私も分からない。でも、あの時……本当に一人ぼっちじゃないって思えたの。」

澪の瞳には涙が浮かんでいた。それを見た悠馬は、思わず手を伸ばし、彼女の頬に触れた。


「俺も、澪を一人にはしたくないと思った。それだけは本当だ。」

「だったら、それでいいよ。私たち、誰かに分かってもらおうなんて思わなくていいよね……」


澪の言葉に、悠馬は静かにうなずいた。外の世界が二人をどう見るかなんて関係なかった。少なくとも今、この瞬間だけは、澪の隣にいることが自分にとってのすべてだった。


窓の外を見ると、雲の切れ間から朝の光が差し込み始めていた。氷雨で濡れた街が、静かに輝いている。


「これからどうする?」

澪がぽつりと聞いた。悠馬は少し考え込んだ後、彼女をまっすぐに見つめた。


「俺たちの関係がどんな形であれ、お前を守る。それが俺の答えだ。」

澪は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。そして小さな声で、「ありがとう、兄さん」と呟いた。


新しい一日が始まろうとしていた。氷雨は止み、冷たい夜を越えた二人は、それぞれの心に小さな光を見つけていた。


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氷雨〜兄妹の純情 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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