第2話 氷雨に溺れる夜

氷雨は一向に止む気配を見せず、窓を叩く雨音が二人きりの静かな部屋に響いていた。澪を抱きしめたままの悠馬は、胸に抱えた感情が何であるのか理解しきれないまま、ただその温もりを感じていた。


「兄さん、ずっとこうしていてくれる?」

澪の声はかすれていた。濡れた猫のように小さな体を寄せる彼女の姿が、悠馬の胸を締め付ける。


「澪、お前、風邪をひくぞ。ちゃんと着替えないと。」

声を絞り出すようにそう言うと、澪は顔を上げた。その瞳は涙で濡れていたが、どこか儚げで、しかし何かを訴えるようだった。


「寒いのは、服を着たからって変わらないよ……」

澪の言葉が胸に刺さる。彼女の寒さは、身体だけのものではない。悠馬は気付いていた。それでもどうしていいか分からないまま、彼女を突き放すこともできずにいた。


「澪……」

言葉を探すように名前を呼ぶが、続く言葉が出てこない。そんな悠馬の困惑をよそに、澪はそっと手を伸ばし、彼の頬に触れた。その指先は冷たく、まるで氷雨そのもののようだった。


「兄さんの手、あったかいね……。もっと触ってもいい?」

澪の声は震えていたが、その目はまっすぐに悠馬を見つめていた。悠馬は戸惑いながらも、彼女の手を握り返した。その瞬間、何かが壊れる音が心の中に響いた。


「ダメだ、澪。俺たちは……兄妹だ。」

「分かってる。でも、今はそういうの関係ないよね……?寒くて、寂しいだけなんだよ。」

澪の瞳には涙が溢れていた。それを見た悠馬は、言葉を飲み込むしかなかった。彼女の孤独を埋めることができるのは、自分だけなのだと悟らされる。


やがて二人はソファに並んで座った。濡れた服を着替え、タオルを巻いた澪の肩を悠馬はそっと抱いた。雨音はますます強まり、外の世界との境界を曖昧にしていく。


「兄さん、私のこと……嫌いにならない?」

澪の小さな声に、悠馬は答えることができなかった。胸の中に膨らむ感情を抑え込もうとするほど、それは強くなる。


「嫌いになるわけないだろ。」

「じゃあ……嫌わないでいてくれるなら、それでいい……。」

澪はそう言うと、彼の胸に再び顔を埋めた。雨音が遮るように部屋を支配する中、二人の距離は次第に近づいていった。


悠馬はその夜、氷雨の中で自分が溺れていく感覚を覚えた。妹を守りたいという想いが、次第に違う形の欲望へと変わっていく――それを止める術を、もう彼は持っていなかった。


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