氷雨〜兄妹の純情

星咲 紗和(ほしざき さわ)

第1話 降り始めた氷雨

夜の街は氷雨に打たれ、冷たい空気が隅々まで張り詰めていた。濡れたアスファルトから立ち昇る湿った匂いが鼻を突き、街灯の明かりが滲んでいる。悠馬は傘を差しながら急ぎ足でアパートに向かっていた。濡れるのは構わないが、妹の澪が心配だった。最近の彼女は、ますます塞ぎ込んでいるように見える。


アパートのドアを開けた途端、暖かい空気が迎えてくれた。しかし、その中に澪の姿はなかった。


「澪?」

悠馬が声をかけるが、返事はない。不安が胸をよぎる。靴もコートも玄関にあるのに、彼女はどこに行ったのだろう。ふと窓際に目をやると、カーテンの隙間から覗く背中が見えた。


窓の外をじっと見つめる澪は、薄い部屋着のまま、じっと動かない。肩がわずかに震えているのが分かる。


「何してるんだ、こんな寒い日に……」

悠馬は大股で近寄り、彼女の肩に手を置いた。その手のひらに伝わる冷たさに驚き、思わず声を上げた。

「お前、こんなに冷えて……どうして窓なんか開けてるんだよ!」


「……氷雨の音が聞きたかったの。」

澪の声は震えていた。悠馬が窓を閉めようとすると、澪はそっと彼の手を止めた。


「閉めないで。この音が……私を落ち着かせてくれるの。」

「落ち着く?こんな冷たい音が?」

「うん。だって、私の心と同じだから。」


その言葉に、悠馬は言葉を失った。両親を失って以来、彼女の中には深い悲しみが沈殿している。それを知りながら、自分は何もできずにここまで来てしまった。


「澪、そんなこと言うなよ。俺がいるだろ。」

澪は振り返り、初めて悠馬を見つめた。その瞳には涙が浮かんでいるが、泣き出すことはない。ただ静かに、冷たい瞳で彼を見つめていた。


「兄さんがいるのは分かってる。でも、それでも埋まらないの。心が……ずっと寒いの。」

そう言った澪は、ふいに悠馬の胸に顔を埋めた。肩越しに聞こえる雨音が、まるで二人を包み込むようだった。


「寒い……あったかい場所がほしい……」

彼女の声が切なく響く。悠馬は彼女を強く抱きしめることしかできなかった。妹を守りたい、その気持ちだけが彼の胸を熱くする。


けれど、その熱が次第に別のものへと変わり始めていることに、悠馬は気付いてしまった。

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