第4話

「お前、俺たちと話すのが楽しみになってきただろ」

 一ヶ月ほど経った頃、檻の扉を開けた刑務官は異常なまでに口角を吊り上げながら呟いた。

「いえ……」

「嘘つけ、俺が檻の前まで来たとき、お前、とんでもなく表情が明るかったぞ。これから拷問は第二フェーズに入るから覚悟しとけ」

 男の言っていることは今一つわからなかったが、嫌な予感しかしなかった。いつもの拷問室に運ばれると、いつものように手足が固定され、椅子に座らされる。男はバットをぶんぶんと素振りしている。また耳にフルスイングされるのかと思ったが、男は準備を終えると田崎の脛にバットを構えた。

「え? うそでしょ?」

「うるさい。静かにしろ。集中できん」

 男は構えると躊躇なく脛にバットを打ち付けた。

「がああああああああああいだああいああ」

 痛みが爆発し、口から内臓がすべて出てきそうなほど声が飛んでいく。脛はみるみる腫れあがり。赤く黄色く変色していく。

「右脛だけだ。全力が十だとして、今のは四だ。骨折くらい一ヶ月もすればすぐ治る。そんなに喚くな、人生は長い」

 男はバットを置きながらゆっくりと手足の拘束を解いた。田崎にはそれが慰めのようにとらえて涙が出てきた。

「いいか、骨が折れても心は折れんなよ」男は背後から田崎の頭を叩いた。どこか愛情がこもっているような気さえした。男は顔をにじり寄せてきた。

「おい、特別に教えてやるよ。拷問刑に刑期短縮なんてないからな。死刑囚が模範的に暮らしてたら刑が軽くなるなんてないだろ? それと同じだ。拷問刑は死刑と並ぶ刑だからな。しかもだんだん苦痛を増す拷問になってくる。それがなぜかわかるか? お前みたいに一日に一回、人に喋りかけてもらえることを救いだと思う奴らがいるからだ。いいか? 死を救いだと思ってる奴らが拷問刑に来るんだ。この刑を受ける囚人には何も救いがあってはいけない。それだけのことを娑婆でしたからな」

 男の言葉は棘があるようで、田崎の身体中に巻き付くようだった。脛の痛みは変わらず爆発するものの、それ以上の恐怖が体を包み、異様な寒気がしていた。

医務室に運ばれると脛を添え木が手が割れ包帯でぐるぐる巻きにされた。

「お前も第二フェーズに映ったんだな。まあ頑張れ、頑張ってもマシになることなんてないんだからな」

 医務室の男は軽くせせら笑ったあと、添え木を叩いた。田崎が呻くと、男はもう一度笑った。

 それからは拷問も結果的に憂鬱になった。拷問されるたびに骨を折られ、極限の苦痛のなか残りの一日を過ごすことになる。しかも誰も話を聞いてくれない。一度舌を切って死のうとしたことがあった。しかし、すぐに刑務官がやってきて純粋な暴行を加えられながら自殺を止められた。

「お前の体内には希死行動感応チップが埋め込まれてるんだ。少しでも自殺行為をしようとしたとき、チップが反応して刑務官らに伝わる仕組みになってる。まず自殺できないと思うんだな。お前は一生、ここで拷問刑を受けるんだ」

 喋りすぎたな、と男が言うと、頬に拳をめり込ませてから檻に鍵を閉めて出ていった。


 田崎の拷問刑が始まって二十年が過ぎた。骨は何度もおられすぎておかしな接着の仕方になり、まともに歩けなくなってしまった。毎日の痛みの中でついに発狂し、思考がストップした。痛みを加えられては「アディオッス!」と叫び、舌から涎を垂らしてまるで空腹の犬のように荒い呼吸していた。

「こいつはもうだめだな」

 刑務官の男が言うと、頬にバットを当て、思い切り振り被った。

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救い 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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