第36話 彼氏の矜持
36 彼氏の矜持
「あー、これはもう無理だね。
どうやっても、恋矢には勝てそうにない」
十メートルもハンデを貰った、ココ。
十回挑戦してみたが、結局ココは恋矢に一度も勝てなかった。
恋矢としては鼻高々で、彼氏としての威厳を保てた思いだ。
女子相手に本気を出す時点で大人気ないが、恋矢とてまだ十六歳の少年だ。
子供らしい部分など、幾らでもある。
特に恋矢はココにスポーツでも負けたら、その時点で終わりという思いがあった。
自分の土俵で戦う限り、負けは許されない。
例え相手が自分の彼女であろうと、恋矢はムキになる。
結果、恋矢の代りに、ココが大人の対応をする事になった。
素直に負けを認めたココは、恋矢の不意をついて、プールの水を浴びせる。
年相応の少女らしく振る舞うココに対して、恋矢も思う存分はしゃいでみせた。
水のかけ合いが始まって、恋矢とココは大いに室内プールを堪能する。
その途中、篠塚ココの美しさに惹かれて、三人の男達が声をかけてきた。
だが、その結果も分かり切っていて、恋矢はただこう威嚇するだけだ。
「――あ?」
「……いえ、何でもないんですぅ。
よく見たら、素敵な彼氏さんですねぇ」
恋矢は伊達に、三日連続で殺し合いを体験していない。
死線を潜って来た恋矢の迫力には、普通の男性ではとても太刀打ちできない。
ココは苦笑するしかなく、恋矢は鼻で笑うだけだ。
「俺のココに手を出そうなんて――百億年はやい」
独創性こそ欠落しているが、彼の言い分には十分な説得力があった。
埋葬月人に敗北した事など忘れている恋矢は、やはり絶好調だ。
「成る程。
やっぱり人って、適応能力が高いのね。
さっきまで私を直視できなかった恋矢が、もう私をガン見している」
「いえ、そんなはしたいな真似は、していませんよ?
俺はただ、男子の宿命を全うしようとしているだけなんだ」
「男子の宿命、ですか?」
思わず敬語で訊いてしまう、ココだった。
しかし、恋矢としても深く追求されても困る。
篠塚ココは、ここでも平然としていた。
「確かに男子の生殖意欲がなければ、人間はここまで繁栄しなかったかも。
スケベ心が尽きないからこそ、男子は女子を大切に扱う。
それを宿命と言うなら、まあ、そうなのでしょう」
「……待て。
冷静な顔で、ふしだらな分析をするな。
俺はただ、一般論を口にしただけだ」
「いえ、でも、最近草食系男子なる者が増えているらしいじゃない。
それと同じ様に、少子化問題が浮き彫りにされた。
この両者って、やっぱり無関係ではないと思うの。
男子全体の生殖意欲が減退したから、日本はいま衰退の危機にある。
それを阻止するには、やはり一夫多妻制を認めるしかない――?」
「待て、待て、待て!
クールな面持ちで、とんでもない事を言うな!
大体、ココはそれでもいいって言うのかよっ?」
恋矢が強い口調で問うと、ココはやはり真顔で首を傾げた。
「それでもいいとは?」
「……くっ?
だ、だから、それは――」
「――え?
恋矢は一体、何が言いたいのかな?
それでもいいって、どういう意味?」
「………」
遂には素っ気なくなる、ココ。
恋矢は一瞬たじろぐが、彼は思った事をそのまま口にした。
「そう、だな。
例え一夫多妻制になろうとも、俺がココ以外の女子に目移りする訳がない。
少子化問題など、知った事か。
天井恋矢は、篠塚ココにしか、興味などもたない」
「……おー」
と、ココは、素直に感心したかの様な声を上げる。
水着姿の彼女は、甘える様に恋矢の腕にしがみついた。
「あの乙女な恋矢が、一寸だけ男らしい事を言っている。
いえ、己の性欲を私だけに限定しているのだから、やっぱり恋矢はヒロイン属性?」
「……つっ?
……相変わらずココは、一言多いぞ。
後、何か恥しいから腕にしがみつくのは――」
「――いいじゃない。
私達、恋人同士なんだから。
現に周囲のカップルも、同じ事をしている」
「………」
確かに恋矢も恥しいと言いつつも、嬉しくない訳がない。
いや、恋矢は、初めて恋人らしい事をしている気さえする。
それでも根っからのむっつりスケベである恋矢は、仏頂面になるだけだ。
周りのカップルを見て、女子側の振る舞いを学習したココは、やはり微笑むだけだった。
「さて、次は何をする、恋矢?」
ネガティブになる事を知らないココは、ここでも元気だ。
ココのそういう所にも大いに惹かれている恋矢は、思わず苦笑いを浮かべる。
〝やはり今が俺の人生の絶頂期だ〟と思うしかない恋矢は――今年の夏を大いに満喫した。
次の更新予定
2024年12月28日 09:00 毎日 09:00
雨が止んだら マカロニサラダ @78makaroni
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