第35話 一人で百点とる男

     35 一人で百点とる男


「レディ――」


 と、篠塚ココは声を上げる。


「――ゴー!」


 その瞬間、プールの飛び込み台に居る二人は、プールに向かって跳躍した。

 両者の競泳はいま幕を開け、二人は同時に泳ぎ始める。


 いや、この場合、結果は分かり切っていたのだ。


「フ――!」


 ココを追い抜き、みるみるその差を広げていく、恋矢。

 その差は七メートルに及び、二十五メートル泳ぎ切った彼はゴールを迎える。


 ココは五秒遅れでゴールして、僅かに呼吸を乱す。

 驚異の体幹能力をみせたココも、競泳では恋矢に勝てない。


「さすが、恋矢だね。

 スポーツ万能」


 体育の授業は男女に分かれて受けるが、ココも恋矢の噂は聞いていた。

 バスケの試合では一人で百得点とり、野球では全打席ホームランだったそうだ。


 恋矢をチームメイトにした時点で、その他のチームはいじめの被害者となる。

 それ程までに明確な運動能力の差が、恋矢と普通の男子学生にはあるのだ。


「私も体育の成績は中の上の上なんだけど、やっぱり恋矢には敵わないや。

 いえ、恋矢は勿論手加減してこれなんでしょう?」


「あー、まあ、そうかな。

 いや、俺が自慢できそうなのは運動位なんだから、この場合素直に喜んでもいいだろう?」


「………」


 全く可愛い事を言う男子も居た物だと、ココは思う。

 恋矢はとにかく、ココにいい所を見せたいのだ。


「うん。

 十分驚いた。

 やっぱり恋矢って、頼りになるね」


「………」


 恋矢以上に手加減をした少女が、ニッコリと微笑む。

 恋矢はそれだけで有頂天になりそうな己を、何とか自制した。


 いや、自分は今、人生の絶頂期にあるのではないか? 

 自慢の彼女とプールに来ている恋矢としては、そう心が躍ってもおかしくはない。


 これ以上の幸せなど想像もつかない恋矢は、冷静であろうとする一方で浮かれてしまう。


「じゃあ、今度はハンデ戦といこう。

 私は五メートル先から、スタートする。

 それでも恋矢は、私に勝てる自信がある?」


「五メートル? 

 十メートルの、間違いじゃなく? 

 おい、おい、それでハンデになるのか?」


 分かりやすく調子に乗る恋矢に対し、ココは微笑むだけだ。

 実際、恋矢は五メートルのハンデも物ともしない。


 続けて十メートルハンデをつけたが、それでも恋矢を本気にさせただけだ。

 いや、彼はサヴァンの能力を使用していないので、まだ本気とは言えないだろう。


 さすがにそこまではしなかった恋矢だが、初めてココに完勝したという思いには駆られる。


 体育以外の成績は惨敗な恋矢は――今日篠塚ココに一矢報いたのだ。

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