第34話 プール

     34 プール


 水着など持ってきていないので――当然レンタルに頼るしかない。


 脂汗が滲んできたが、恋矢は何とか呼吸を整える。

 楽しい筈のデートは、まるで処刑時刻を待つかの様な思いに変わっていた。


 けれど、自分は前進せねばならない。

 前進しない限り、勝利はないのだ。


 いよいよ意味不明な事を考え始めた恋矢は、それでも水着に着替える。

 更衣室の出入り口でココを待っていた恋矢は、遂にその時を迎えた。


「――と、待たせてごめんね、恋矢。

 水着を選ぶので、時間を食っちゃって」


「ゴホォ!」


 天井恋矢は、思わず喀血した。

 昨日の傷が、開いたからだ。


 いや、そこまではいかないが、彼は今そう思うしかない精神状態だ。


 それは決して、派手な水着とは言えない。

 だが篠塚ココが着ると、性能以上の力を発揮する。


 何せココは――白いビキニを選んでいたから。


 ただでさえ肌が白いココは、白い水着を着る事で、裸体を晒している様にさえ見える。

 いや、実際、胸と下腹部以外は裸なのだから、恋矢にとっては似た様な物だ。


〝何ですか? その破廉恥極まりない、格好は?〟と、彼は問いたい。

 主にその水着をデザインした人物と、その水着を選んだココに対して。


 制服姿のココを初めて見た時も、恋矢は吐血する思いだった。

 だが、やはり水着は別腹である。


 制服とは別方向の、破壊力があった。

 制服は体の外側から破壊する力で、水着は体の内側を破壊する力である。


 自分でも意味不明だと感じながらも、恋矢は今日と言う日に感謝した。

 彼はこの瞬間、埋葬月人に負けた事とか一切忘れたのだ。


「……って、大丈夫、恋矢?」


 体をくの字に曲げて、自分を見ようとしない恋矢を案ずるココ。

 恋矢としては、ココとの距離が近くなる程、動揺が激しくなる。


 それでも平静を装うとする彼は、やはり健気なのだろう。

 いや、十分醜態を晒した気もするが、とにかく彼は持ち直した。


「……あ、ああ。

 全く問題ない。

 今、天井恋矢の心は、清く洗浄されたのさ。

 ココはただ、そう思ってくれればいい」


「私並みに酷い事を言って、色々誤魔化しているね? 

 そっか。

 これが彼女と一緒にプールに来た、彼氏の反応」


 その事を学習したとばかりに、ココは呟く。

 恋矢には、ココの呟きに気を裂く余裕などない。


 恋矢はただ胸の動悸を押え、冷静であろうとする。


「ま、それはそれとして、まず何をする?

 競泳でもしてみる?」


「……え? 

 あ、うん。

 ココが、それでよければ」


 いや、天井恋矢ほど〝ココ・ファースト〟な男も他におるまい。

 彼の脳裏にはココに対する気遣いと、ココの水着姿しか焼き付いていない。


 己の心理的不調を自覚しながらも――恋矢はココと遊び回る事にした。

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