異世界に行きたい?

うめつきおちゃ

最終章 異世界に行きたい


「帰ってきた!!!!!」

 一目で分かる。

 

 コンクリートだかアスファルトだかで建造された建物!道!馬に似たモンスターに引かせない車!

 弛まぬ企業様の努力によって格安で質の良い衣服!靴!


 俺は帰ってきたんだ!!

 

 !!



 ――――


 俺こと《伊勢 海太郎》は10年前、中3だった当時、異世界に飛ばされた。

 最初の内はいわゆる異世界ライフに心躍り、喜んだし楽しんだ。

 だって……こっちの生活がクソオブクソだったから。


 でも異世界が過酷すぎてこっちの事なんて殆ど忘れちまったが、あの事件は今でも忘れてないし、恨んでる。


 その事件は俺が小6の時、修学旅行先で起きた。


 あの頃の俺と言えば『お調子者』『面白いヤツ』『クラスの人気者』と呼んでも差し支えないキャラクターだったと自負してるし実際そうだった。

 

 ギャグ漫画やお笑い番組なんかも欠かさず観てたし、芸人の真似すれば皆んなが笑ってた。

 いつだって笑いの中心にいたんだ。


 ……そして俺はあの日、言ったんだ。


『女子の風呂覗こうぜ』って。


 …………まさか、誰も賛同しないどころか先生にチクって女子全体から無視されるようになるなんて……今考えても理不尽だぜ。


 学校中の女子に無視される俺は当然、男友達からしても腫れ物扱いは避けられず。

 気づいたら孤立していた。


 だけに収まらず、中学に上がってすぐ同級生どもが男女関係なく色気つき始めた。

 そのうち『付き合ってる』なんて連中も出始めて……その内の1組が俺にとって悪魔の組み合わせだったんだ。


 小学校時代、一番可愛くて俺もちょっと良いなって思ってて、向こうも俺のこと面白いから好きとか言ってた女子がいたのだが……。

 そいつが学年1の不良生徒と付き合い始めた。


 俺は小6の修学旅行以降『いないもの』として穏便に寂しく生きていたのだが、ヤツらが付き合い始め、あのバカ女がクソ男に俺の所業を誇張して伝えたせいで『いないもの』から『イジメられっ子』にジョブチェンジさせられちまったわけだ。


 そこからは地獄さ。

 なにをされたか思い出すことを脳みそが拒否する程度にはイジメられた気がする。


 …………本音を言うと思い出せない。

 それ以上に……異世界での経験が苛烈過ぎたから。


《超回復》のスキルを持っていたせいで実力もないのに常に前線で戦わされた……。

《鑑定》のスキルを持っているのに『本当に毒なのかぁ?』などというクソアホ戦士の言葉で何度も食わされた。

 酒とギャンブルに溺れた僧侶のせいで荒くれたちに何度も殴られたり蹴られたりもした。

 

 ……やっぱり全然向こうのほうが地獄だったな。

 警察とか全く機能してなかったし。


「おいアレ《ノゾキックス》じゃねぇか?」

「あ?ほんとだ。おい!ノゾキックス!!何でお前俺らより先に居るんだよ?」


 往来で立ち止まったまま辛い思い出に耽っていた俺に見覚えのあるヤツらが声をかけてきた。


 ……小学校時代の同級生たちだ。


「おいおい、無視すんなよ!ノゾキックス!!」

「偉くなったモンだな……ノゾキックス!」


「やめろ!!俺をその名で呼ぶな!!!!」

 反射的に大声を張り上げてしまった。


「……な、なんだよ急に……」

「……わ、悪かったよ」


 同級生たちは驚いたような……少し後悔したような表情を浮かべた。

「……ふん。分かればいいんだよ」


 俺を舐めるなよ?俺はこの10年間異世界で…………。

 あれ?そういえば……こいつらなんで10年も経ったのに中学生のままなんだ?

 

 ……気づいてなかったが、俺も学ランを着ている。


「……時間が経ってないのか?」

 異世界に連れて行かれたあの日、あの時に帰ってきていたのか。


「ん?なんか言ったか?」

「やべーよ。伊藤たちに虐められすぎて頭おかしくなっちゃったんだよ……」


 気まずくなって、この場を去ろうとしていた同級生たちが話しかけられたと勘違いして振り向いた。


「あっ、いやコッチの話だ。お前らは関係ない」


「んだよそれ」

「もういいよ。行こうぜ。じゃあな


 ――顔面が一瞬で紅潮したのがわかる。

 熱い!!顔面が熱い!!


「……カルマ?なんだっけそれ?」

「あ?昔本人が言ってたろ?『海太郎かいたろうって名前はダサいから嫌だ。俺のことは今日からカルマって呼べ』ってさ。定着する前にノゾキックスしてノゾキックスって呼ばれるようになったけど」

「ノゾキックスを動詞にすんなし!ウケる!!」


 同級生たちは俺の忘れていた黒歴史をほじくりながらツマミにし楽しそうに帰って行った。

「……くそッ!!」


 舐めやがって!俺は異世界ではお酒飲んだことあるんだぞ!!


 ……それにしても何故あの頃の俺は《††カルマ††》なんて自分に名付けてしまったのだっ!!


 ……だが異世界で鍛えられた俺のメンタルはそんなもので挫けやしない。

 アイアンハートを舐めるなよ?ガキが。


 ……あれ?待てよ?そんなことより……。

 つまり今って俺が異世界に行った直後ってことか?


 さっきの同級生たちが言ってた事からも、そう考えるのが自然だよな。


「……あの日あの時の俺って何してたっけ?」

 ……10年も前のことだ、思い出せない。


 もし間に合うなら《過去の俺》に助言がしたい。


『異世界に行きたい』なんて口にするんじゃない。

 お前の願いは叶ってしまうし、異世界はコッチより何倍も過酷で苛烈で地獄だぞ、と。


「……でもそしたらこの世界に《俺》が2人ってことになっちまうのか?」

 漫画やらアニメだとそれは許されないっつーか過去は変えらんないんだよな。


 ……でも試してみる価値はあるな。

 異世界で俺が唯一と言ってもいい《得たもの》がこの《とりあえず試してみよう》というマインドセットだ。

 やってみなきゃわからないもんな。


「……とりあえず学校に行ってみるか」


 と、考え歩き出す。


 10年ぶりとは言え意外と覚えてるモンだな。なんて懐かしい道を歩きながら呑気に感傷に浸っていると見覚えのあるヤツらが向こうから歩いてきた。


「……?!なんでテメーここにいんだよ!」

「はぁ?意味わかんね!意味わかんね!」

「先回りして何のつもりですか?」

「また、虐められたいの?Mなの?」


 俺のことをイジメていた4人組だ。

 たしか……伊藤と……。

 うん。思い出せない。


 ……いま、不覚にも彼らの顔を見て思い出した。

 そうだ。俺はあの日……、いやヤツらにイジメられていたんだ。


 《美容院ゴッコ》とか言って公園の公衆便所に頭っ込まれて濡らされ、工芸室から盗んできたハサミでテキトーに髪を……。

 

 ……今にして思うと大したことないな。


 異世界では髪の毛を切ってくれる場所なんてなかったし、水なんて高級品だし……。

 そう言えば5年くらい伸ばしっぱなしで洗いもしなかったな。

 だからいつも女魔法使いが『臭いしキモイから死ね』とか言ってたのか。

 

 ……じゃあやっぱり、まだはこの世界にいるはずだ!

 《美容院ゴッコ》のあと少ししてから異世界に向かったはずだから!


「おい!ノゾキックスのクセに無視すんなよ」

「意味わかんね!!」

「そもそもどうやって先回りを??」

「キモすぎぃっ!」


 俺は4人組を堂々と無視して公園へと急ぐ。


「ちっ!なんだぁ、あいつ?」

「意味わかんないよね」

「……しかしどうやって先回りを?」

「もういいから駅前にスイーツ食べ行こうよ」


 ちっ!ムカつくヤツらだ。

 あんなヤツら隕石が直撃して死んでしまえばいいのに!!

 ――――――――


 イジメの主犯格を無視して公園へと爆走する俺。

 

「うおおお!!走れ俺!!駆けろ俺!!間に合えーー!!言うな!言うなぁあ!!」 


 冷静に考えて『言うな』なんて言われても何のことかわからないだろうに動転した俺はそんなことにも気づかずバカみたいに同じ言葉を繰り返していた。


「くそぅ……もうこんな世界嫌だ……。」

「やめろ俺!それは言うな!!」


 公園の公衆便所の床に力なく座る自分自身を見た。


「…………。」

 

「クソがあぁァァああ!!!!」


 行ってしまった……。

 言ってしまった。


 目の前で光に包まれ消えていく自分を呆然と見つめる事しかできない。


「……頑張れよ……過去の俺……」


 ――――――――


 翌る日、俺は学校へと向かう。

 確かあの頃の俺は学校が嫌で嫌で仕方なかったはずだが、今の俺は違う。それは異世界で理不尽も不合理も浴びるほど体験して大人になったからだ。

「何も怖くねぇぜ!」


「……ひそひそ」

「ひそひそ……」


 異世界と違いコチラの世界では《一人言》を大きな声で言ってると陰口を叩かれるんだったな。

 忘れてたぜ!!


「よう!ノゾキックス!」

 同級生の……なんとかだ。

 覚えてねぇぜ!!


「……俺をその名で呼ぶな。気分が悪い」

「……あ、うん。ごめん」


 ふっ……ビビってやがる。


 昨日試したがどうやら魔法やらスキルやらの類はコチラでは使えないらしいが、なにも知らないうちからドラゴンやら魔族と戦った俺の度胸は今も現在だ。


 こんな晴れ晴れした気分で学校に行く日が来るとは『異世界に行ってよかった』とは思わないが……まぁ多少はよかったかな。


 学校に着く。

 教室は覚えてる。

 …………席がわからん。


「どうした?早く座れよ」

 立ち尽くしている俺に担任が声をかける。

 その姿を見てクラスメイトたちが自分の席に座った。

 空いてる場所にとりあえず座るか。


「……おい。そこじゃないだろ。……冗談でもそんなことするなよ」

 担任はずいぶんと落ち込んだような暗い調子でそう言った。

 ……たしかコイツは体育教師でもっと明るい無能キャラだったはずなのにおかしいな。


「……あの、席がわか――」

「伊勢くん。座らないの?」


 ちょっと地味でメガネでクラス委員長で図書委員で胸の大きな女の子が指で席を指してくれた。

「あ、ありがとう」

 そうか。この子が隣の席だったか。


「?どういたしまして?」

 Gカップ委員長は怪訝な表情を浮かべる。


 ちなみに何故、俺がこの子の胸のサイズを知っているかと言うと簡単な話で、プールの時間に女子更衣室へ忍び込みブラジャーを盗んだからだ。

 

 その『クラスでいないもの扱いされる』事を逆手に取った俺の天才的な犯行に誰1人として気付かなかった。完璧な完全犯罪。

 思い出すだけでクるものがあるな。


「……もう、みんな何となく知ってるな」

 担任はいつになく真剣そうな面持ちで話し始めた。


「昨日……、伊藤、寺藤じとう目藤めとう温名おんなの4人が……駅前で隕石に直撃して亡くなった」


「ざわざわ……」

「ざわざわ……」


 クラス中が分かりやすくザワつき始めた。

 ……え?隕石って言った?


 というか、なんだ??

 アイツら死んだのか?


 だめだ!笑うな!

 我慢しろ俺!!

 

「……ううっぐすっ」

 誰かが泣いてる。

 俺が虐められてる時は楽しそうにしていたのに。


「切り替えて授業って、わけには行かないよな。わかるよ。……だから今日は特別に自習にしようと思うし、気分が優れないやつは帰っても良いから。言いに来てくれ」


 担任はそういうと教壇の隣に置いてある椅子に座った。


「……帰っていいのか」

 聴かれないよう小さく呟く俺。


 異世界では皆んなが皆んな《一人言》を大きな声で言うのが普通だったから違和感が抜けない。


「……伊勢くん。帰るの?」

 Gカップが声をかけてきた。

「……あぁ。いてもすることないからな」

「じゃあ私も帰ろうかな」


 ……好きじゃん。

 コイツ絶対俺のこと好きじゃん。


 いじめっ子4人衆がいたから恋心を隠してきたけどアイツらが死んだ今チャンスだと思ってるアレじゃん。


「……じゃあ、一緒に帰る?」

「え?……嫌だけど」


 ふざけんな。



 …………とは言えまさか、異世界に連れてかれた次の日にこんな事が起きるとはな。

なんて言わなきゃ良かったぜ」


「やめろーー!!!!」


「ええ??!伊勢くんが2人?!!!」


 俺は光に包まれる。


 全てを悟った。

 嗚呼か。


「今度は前回の比じゃないぞ!!死ぬなよ!絶対死ぬなよ!!」


 同じ人間が2人いると言う異様な光景に阿鼻叫喚となるクラスの中で《もう1人の俺》が必死に訴えかけてくる。


 やめてくれ。そんなにビビらせないでくれ。


「クソ!!今度は絶対なんて言わないぞ!!……あっ!!」


 教室に残った《もう1人の俺》がそう言ったのが聞こえた気がした。

 


 


 


 

 

 

 

 


 


 

 

 

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