19 萌芽(二)

障壁しょうへき?」

「そう、おそらく……」


 義凪よしなぎが聞き返すと、かえでは目を伏せたまま言った。椅子に座った楓の頭にきょうが包帯を巻いている。


 かいたちがやしろに戻ってきて、治療中の楓と京を除く全員が床に座り状況を報告し合った。

 檜たちはキメラを蹴散らすので手一杯で、数が多く苦戦したという。檜たちを社に戻さないよう、引きつけるように戦っている印象を受けた、というのが檜の見解だった。

 そして社での戦闘をかなめが見た通りに説明した。


 撃たれたはずの義凪がなぜ無傷なのか――全員が抱いた疑問に対する楓の答えが《障壁》だった。

 楓が使用した術の一つで、赤いガラスの板のように見えたのがそれだ。相手の攻撃を防ぐ盾のようなものらしい。


「あれは私の障壁じゃない」

「俺には見えなかったが」要が言う。

「一瞬だったわ。それに、無色に近かった」

「ということは……」


 楓を除く全員の視線が義凪に集中した。


「お、俺?」


 義凪はたじろいだ。

 沈黙が流れ、皆が義凪の発言を待っている。訊きたいのはこっちの方だと言いたくなるが、そうもいかないようだ。


「俺は気がついたら飛び出してたっていうか……」


 頭で考えるより体が先に動いていた。今になっては我ながらなんて無謀なことをしたのだろうと思う。


「確かに、義凪が一瞬で楓の前まで移動したように見えた」


 要が腕を組んで小さく唸る。

 義凪自身思い返してもなぜ間に合ったのかわからない。義凪のいた位置から楓まではかなり距離があった。隣にいためいが敵の女までの距離を一瞬で跳べたのは、特殊な身体能力あってのことだ。


「それってあたしたちみたいだね。宝玉の恩恵なのかな?」

「まさか、こいつは紅辻べにつじの人間じゃないだろ」


 首を傾げるゆいれいが冷たく一蹴する。


「義凪くん自身の力じゃないかしら。何か今までと違う感じはある?」


 楓の包帯を巻き終えた京が訊ねる。


「いや、特には」


 義凪が正直に答えると、全員が頭を捻った。


「もし自分の力ならちゃんと使い方を覚えた方がいい」いつもは寡黙な檜が言う。

「でも使い始めたら何も知らなかった頃には戻れないわ。義凪くんの力はこの森に閉じたものではないでしょうし……」と京。

「義凪も力を強化に回すタイプなの? でも障壁も使えたんでしょ?」と唯。

「こいつのことよりこの先どう戦うか考える方が優先だろ」と羚。


(盛り上がっている……)


 自分の話なのにすっかり畏縮している義凪に向かって、楓が突然口を開いた。


「あなたはどうしたいの?」


 ルビーのような真紅の瞳と目が合う。


「……俺?」

「あなたの力なのよ。あなたはどうしたいの?」


 再び全員の視線が義凪に集まる。


 義凪は言葉に詰まった。どうしたらいいのかなんて教えて欲しいくらいだ。誰かが決めてくれた方が楽かもしれない。

 だけどそれは誰が決めて、誰が責任を取るのだろう。


(ああ、だから母さんは……)


 母が義凪の力を封じ込めてきた理由がわかった気がした。

 しかし遺伝だろうがなんだろうが、自分のことには自分で責任を持つしかない。いつまでも母に力をコントロールしてもらう訳にはいかないのだ。

 義凪は右手をギュッと握りしめた。


「……俺は、力とか術とか、正直ピンとこないけど……わかんないからこそ、ちゃんと知りたい。自分のことなんだし」


 そこで一度唾を呑んだ。全員に注目され声が震えそうになる。


「それで、できれば自分の身くらいは自分で守りたい……かな」


 前回は茗としょうが義凪を守ってくれた。自分より年下の女の子に守ってもらって、正直情けなかった。ここの人たちは、本当は自分たちの身を守るだけで精一杯なのに。


 沈黙の後、羚がイライラした様子で訊いた。


「つまり何? 訓練すんの?」

「えっと、そうなるのかな……?」


 義凪が首を傾げると、檜がぼそっと呟く。


「じゃあ明日から特訓だな」

「そっちの件は明日にしよう。今日の反省会が先。夕食の後で」


 要が立ち上がると皆がそれに続いた。梢が急いで住処の方に向かったのは夕食の準備のためだろう。

 それらをぼうっと見つめていた義凪は、最後に残った楓と目が合った。


「ありがとう」

「え?」


 澄ました顔で言った楓に、驚いた義凪は思わず聞き返した。


かばってくれて」

「あ、いや、別に」

「でも、もうあんなことしないで。迷惑だから」

「……え?」


 今、なんと言った? 迷惑?

 ぽかんとしている義凪を尻目に楓はスッと立ち上がった。


「勝手に飛び出して死んでも、責任は取れないから」


 楓は素っ気なく言うとひらりと背を向け、黒髪をなびかせて社の奥に姿を消した。

 呆然としていた義凪だったが、やがてじわじわと怒りが込み上げてくる。


(なんだよ、そんな言い方……。助けたこっちが悪いみたいじゃないか)


 微塵も笑わない、鋭い眼光。彩加とまるで正反対だ。彩加の体に魂が共存していたというのが本当なら、良くもまあ共存できたものだ。


 ――力になってあげて欲しいの。


 彩加は本当にそんな風に思っていたのだろうか。

 どうしたってそれを確かめることはできない――もう一度夢に現れでもしない限りは。それだってただの夢で、彩加の本心だとは限らない。


(とりあえず、自分のことをなんとかしよう)


 義凪は深呼吸してから、右手をぐっと握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る