29 作戦会議
昼過ぎ、
場を取り仕切る
「今回の剣士はあまり好戦的ではなかったが、次はそうはいかないだろう」
社での戦いを客観的かつ正確に説明した要は、最後にそう付け加えた。
確かにあの男は最初に投降するよう提案してきた。以前の黒ずくめ二人のように問答無用で攻撃してくる輩ばかりだと思っていた
とはいえ、一度剣を抜けばあの強さである。強さ故の譲歩だったのかもしれない。
要の報告が終わって話が途切れたので、義凪はおずおずと手を挙げた。
「あの、質問いいですか」
「なんだ」と要。
「ヤツら、なんでもっと大勢で来ないんですか? この前来た二人と今回の男が一斉に来たら、とても太刀打ちできなかったと思うんですけど」
大群で襲撃されたら、今の一族の人数では一溜りも無い。
話に聞くところ、三年前は過去に類を見ないほどの多勢の襲撃を受け、一族がほぼ壊滅したらしい。それなのに奴らはなぜ今回は少数でチマチマと攻めてくるのか、義凪はそれが不思議だった。
「色々考えられるが、まず結界を通り抜けられる人間が限られていること。いわゆる魔力を持った人間は結界を通り抜けられるが、結界自体を解除できるわけじゃない。三年前は特殊な力によって結界を消されたことで、大勢の侵入を許したんだ」
義凪は表情を曇らせた。その特殊な力の持ち主――要は名前こそ出さなかったものの、そこにいる全員が義凪の母・七瀬のことだと知っている。
だから要は七瀬が再び動員されることをなんとしても避けたかったのだろう。そして七瀬自身も、三年前と同じことを繰り返したくはなかった。だからこそ義凪は人質にされたのだ。
一族側に付いて剣を振るう今となっては、果たして人質と言えるのか疑問だが。
「それだけじゃない。奴らの思惑として考えられるのは三つ。一つ目は、こちらが子供だけだから舐めているという可能性。二つ目は、まだこちらの様子を見ているという可能性。そして三つ目は、こちらをあまり刺激したくないという可能性」
義凪は三つ目の理由に首を捻った。
「刺激したくない? どういうことですか?」
「三年前の襲撃では向こう側もかなりの数の人間が死んでいる。特に、この社まで到達していた研究所の幹部が宝玉の暴走で全滅した。その二の舞を恐れているんだろう」
「暴走……」
宝玉の暴走については、この山に連れて来られた時に少しだけ聞いたが、義凪は詳しいことは知らない。
「あいつらは宝玉を手にするのがゴールじゃない。宝玉はあくまで手段、利用しなければ意味がない。だから子供だけの俺たちにを労力をかけたくないし、人員も失いたくない」
「だから最低限の戦力しか寄越さない、ってことですか……」
義凪は腕を組んで言った。
「そういうことだ。こちらの戦力を削いで、巫女の結界と宝玉の封印が解除できればいい。それから慎重に宝玉を運び出す算段だろう」
けっ、と
「舐めてんだかビビってんだか……」
「でも俺たちを倒せない状態が続けば、もっと戦力を注ぎ込んで来る」と
「その通りだ。もう子供ばかりだからと手を抜く気はないだろう、数は確実に増える」
要は表情を変えずに言う。
義凪はがっくりと項垂れた。そんなんじゃ命がいくつあっても足りない。
「今回も余裕なんて全然なかったよ? これ以上増えたら相手するのはキツいよ……」
義凪が思っていたことと同様の懸念を
要は腕を組んだ。
「そうだな……四回とも、敵の主戦力があっさりと社まで到達している」
「悪かったな」羚がムッとする。
「そうじゃない、俺たちが社より前で抑えようとしていることに奴らは気がついているんだろう。社で乱戦になりたくないのはこちらも同じだからな。しかし前線は火力があっても数が少ない分、どうしても穴ができる。前線をキメラで抑えて、主砲がその穴を抜けてくるわけだ」
要の話を聞きながら、義凪も頭を捻る。
(社は最後の砦みたいなもんだし、宝玉の暴走でこっち側にも犠牲者が出ていれば、そりゃ全員で社で迎え撃つってわけにはいかないか)
宝玉の暴走によって何人死んだのか、具体的な数は聞かされていないが、一族側で生き残ったのは
義凪がふと見遣ると、楓は俯いて青い顔をしていた。これまで義凪が見てきた強かな雰囲気は全く感じられず、少し可哀想な気さえしてくる。それ程の惨状だったということか。
(宝玉の暴走の話、あんまりしない方がよさそうだな)
本当のことを言えば、もっと詳しく聞いておきたかったのだが。
「じゃあどうするのさ」唯が口を尖らせて言う。
「檜を社まで下げる。社まで敵が到達することを前提にした態勢にしたい」
要が言うと、檜は無言で頷く。
「そして義凪を前線に上げる」
「えっ、俺ですか」
義凪の心臓が大きく脈を打った。
要の話は理解しているし、どこにいても危険なことは変わらない。しかし、前線という響きに玉砕とか捨て身とかいった縁起でもない言葉を連想してしまうのは自分だけだろうか。社と違って、治癒術が使える
急に不安になった。
(俺、一応人質じゃなかったっけ……? 人質を前線に出すってアリなのか?)
などと言い訳じみた台詞が頭の中で駆け巡る。
「檜、もうしばらく義凪の訓練を重点的に頼む」
「そうだな、森の中でも戦えるようにならないと……」
(俺まだハイともイエスとも言ってないんですけど)
そんな義凪の心の叫びを余所に、檜も要も話を進めている。数時間前に決めた覚悟が揺らぎかけたその時、横から鋭い一声が届いた。
「自信ないならやめれば?」
冷ややかな声のほうを向くと、羚がこれまた氷のような眼差しで義凪を睨んでいた。
「怖いんでしょ? 顔に出てるけど」
義凪はムッとした。羚はさらに続ける。
「無理だってちゃんと言いなよ。いざって時にビビられても迷惑だし」
かちん。
義凪の中で何か硬いもの同士がぶつかるような音がした。
何かにつけて義凪を邪険に扱う羚に対して、穏便に振る舞うよう心がけてきた。部外者を警戒する気持ちはわからなくもないし、なにより羚は義凪より二つも歳下でまだ小学生だ。そんな子供の触発に乗るなんて、それこそ子供だ。
しかし今この瞬間に、義凪の我慢の限界を超えた。
そしてなにより、図星だった。
「怖くねぇよ! やるに決まってるだろ!」
驚きで丸く見開かれた羚の瞳を、心の中で笑ったのはほんの一瞬だった。無意識のうちに立ち上がっていた義凪は、次の瞬間には強烈な後悔に襲われたのだった。
*
そして、作戦会議翌日。
「じゃ、始めるけど……」
目の前でがっくりと頭を垂れる義凪を前に、檜の声が尻すぼみになった。
次の襲撃では足場の悪い森の中で戦うことが決まり、早速檜によるスパルタ訓練が始まろうとしていた。足元が平坦な訓練場でやるはずだった刀の訓練が、全て森の中に変更になったのだ。
(どっちにしろ、俺に決定権なんてなかっただろうけど……)
ふ、と微かに笑い声がしたので顔を上げると、檜が口元を押さえて小さく肩を揺らしている。普段あまり感情を見せない檜が笑うなんて珍しいが、昨日の義凪のことで思い出し笑いしているのは明らかだった。
「悪い」
頬を膨らませる義凪に詫びるが、檜はまだ肩を震わせている。
義凪が羚の挑発を力一杯買って出た後、一瞬シンと静まり返ってから、羚と状況を理解していない
「羚も煽んなきゃいいのにな」
檜の言葉に義凪はうんうんと頷く。恐らくあの場にいた全員が同じことを思ったに違いない。もちろん羚は、義凪が挑発に乗るとは思いも寄らなかったのだろう。目を丸くした羚の顔は今思い出しても傑作だ。
「俺は負けず嫌いなんです」
「そうみたいだな」
檜はわずかに口角を上げて頷いた。そしてすぐ鋭い眼差しに切り替わり、声のトーンが変わる。
「やるって言ったんだから、やれよ」
檜の睨むような小豆色の瞳を見る度に、これが遊びではないのだと気が引き締まる。義凪は背筋を伸ばし、一つ深呼吸をして答えた。
「はい!」
一時間後。
どさっと音を立てて下草の上に仰向けになった義凪は、ゼエゼエと荒く呼吸を繰り返した。
「慣れるまでだいぶかかりそうだな……」
檜の溜め息混じりの台詞に、義凪は言葉を返す余裕もなかった。
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