13 力と術

「うーんとねぇ、一族には二タイプあって、その中で更にタイプが分かれてて……」

「???」


 義凪よしなぎの頭の上にクエスチョンマークが並んでいることを察したゆいは、困ったように頭を掻いた。その時、きょうめい、そしてしょうやしろの中から戻ってきた。


「そうだ、京に説明してもらおう! その方が絶対わかりやすいから!」

(さっき『任せて』って言ったくせに……)


 義凪は心の中で、小言を言った。




 全員が円卓につくと、梢が温かいお茶を振る舞った。茗だけはパックのジュースだ。


「それで、一族が持つ特殊な力の話だったわね。さっき結界の話をしたものね」


 京がカップを口から離してから言った。


「魔力を持つ人間が、魔法を使えるって聞きましたけど」

「そう。でもそれは、世界中に点在する魔術師と呼ばれる人たちの定義。私たちはちょっとイレギュラーなの」

「はぁ……魔術師ってそんなにたくさんいるんですか」

「そんなことないわ。数はとても少ないそうよ。ヨーロッパとか、比較的まとまって暮らしている地域もあるそうだけど」


 京は斜め上を見て言った。


「水や炎を操ったり、空を飛んだり、普通の人間には成しえない奇跡の技、それが魔法とか魔術と呼ばれるもの。そして、その奇跡の源となる力が、魔術師が生まれ持つ魔力。私たちが言う《じゅつ》は、魔術の定義とイコールでいいと思う。ただ、《ちから》については魔力と少し違うの」

「どう違うんですか?」


 京は困ったように笑った。


「そこでね、風守の一族の成り立ちというか、構成の話をしなきゃならないの。わかりにくいんだけどね」

「そうなんだよねぇ」


 唯が腕を組み、うんうんと頷く。まるで自分がうまく説明できなかったことを正当化するようだ。


「風守の一族は、二つの家系で構成されているの。風神様を祀る『姫巫女ひめみこの家系』と、宝玉を祀る『紅辻べにつじの家系』」

「ひめみこ、と、べにつじ……」


 義凪はゆっくりとその名を反復する。


「姫巫女の家系の者は、魔術師と同じで『自身の体に持つ力』で術を使うの。厳密に言うと魔術師の魔力とは質が異なるから使える術も違ってて、結界や治癒術は魔術師には使えない特殊な術なの。とにかく、術の源が『自前の力』ってところがポイントね」

「結界、ってことは京さんは姫巫女の家系なんですね」

「その通り。姫巫女の家系は、今は私と梢だけになっちゃったわね」


 京が微笑みかけると、梢は気まずそうにぎこちなく笑った。


「他のみんなは紅辻の家系でね、自前の魔力は持っていなくて、《宝玉の力》を使うの」


 宝玉とは、この社の奥に鎮座する神――もとい、膨大なエネルギーを持つ未知の物体だ。義凪はそう聞いている。


「この森には《宝玉の力》が満ちているの。《恩恵》って私たちは呼ぶんだけどね。その恩恵を受けて術を発動させたり、肉体を強化できる血筋が紅辻の家系」

「そ、術だけじゃないんだよ。あたしも紅辻の家系だけど術は使えなくて、代わりに宝玉の恩恵で身体能力を高められるんだ」


 唯が得意げに人差し指を立てた。


「稲葉たちが猿みたいに森の中飛び回ってたのって、それ?」

「猿って言うな」唯が顔を膨らませる。

「猿って言うなー」茗が真似た。

「でも確かに茗の飛び蹴りはすごかったな。一昨日はありがとな、助けてくれて」


 茗は驚いたように目を瞬いたが、すぐに嬉しそうに頷いた。


「あーっだめだめ、すぐ調子に乗るんだから。茗はまだ子供なんだから、基本は戦闘に参加するの禁止だからね」


 唯が慌てて口を挟むと、茗は一転、拗ねた顔になる。尖らせた口でストローを咥えた。

 京がくすくすと笑いながら補足する。


「超人的な身体能力は宝玉の恩恵によるもの。だから恩恵が届く範囲、つまりこの森の中だけの特殊な能力ということ」

「そうなんだよねぇ。森の中じゃなきゃ戦えないもん」


 唯は渋い顔で腕を組んだ。


「そういうわけで、私たちが言う《力》は意味合いが広くて、自身が持つものも、宝玉の恩恵から得られるものも含めて、術や超人的な身体能力の源になるもの全てを指すの」


 義凪はこめかみに指を当てた。


「うーん、つまり……、出どころは問わず、普通の人間には使えない特殊な能力の源は全て《力》と呼ぶ、と」

「そうね、合ってるわ」

「で、魔法みたいなのが《術》で、紅辻の家系の人は全員が術を使うわけじゃなくて……《術》タイプと身体能力を上げる《強化》タイプに分かれてるって感じかな?」

「そゆこと!さすが、理解が早いね」


 唯はニカッと笑う。


「いや、理解したつもりだけど、なんというか、その……」

「信じられない?」


 京に訊かれて、義凪は気まずそうにこくんと頷いた。


「えー、実際見たでしょ、楓の術とか」唯が小さく頬を膨らませる。

「それはそうだけど」

「仕方ないわよ。《力》って目に見えるものじゃないもの。感じ取れる人にしかわからない。でも義凪くんは素質があるんでしょう? そのうちわかるようになるかもしれないわ」


 そっか、と唯が楽しそうに声を上げた。


「義凪、魔法使えるようになるのかなぁ!」

「ヨシナギは魔法使いなの?」


 茗が大きな瞳を動かして尋ねる。


「いや、俺にそんな素質なんてあるかどうか……」


 母さんなら知ってるんだろうけど、と心の中で付け足した。


「でもね、義凪くん」


 スッと、京の声のトーンが変わった。


「もし力が目覚めたとしても、それを使うかどうかはよく考えたほうがいいわ。力は便利だけれど凶器にもなる。本当はね、使えない方が幸せかもしれない。普通の人には使えないモノだもの。あなたは風守の一族じゃないんだから、力を使う責務はないのよ」


 京は真剣な眼差しで話した後、にっこりと笑った。一見、義凪を気遣う言葉だ。だけど本質は違う。

 あの山火事の日、義凪の母は結界を解いたという。

 京は警戒しているのだ。母と同じ能力を持つかもしれない義凪を。何せ京自身が結界を管理しているのだから、当然だ。


(やっぱり、俺は魔女の息子なんだ)


 結城義凪ではなく、魔女の息子。

 研究員の息子として虐められた幼い頃と同じ感情が、体の中に湧き上がる。


 ――悔しい。


「そうですね、まあ、もしそうなったらですけど」


 刹那の思考から我に返って、義凪は自分の感情を悟られないよう、努めて明るく答えた。そして話を切り替える。


「それより、宝玉ってほんとになんなんですか?神様、なんですよね」

「無名の神、もしくは禁句の神……」


 京は目を閉じながら静かに話す。


「宝玉自体を指すのか、それとも宝玉は神に付随する何かなのか……それさえ誰にもわからない。わからないからこそ人は神と呼んだ。人智を超えた存在、畏怖の対象」


 一瞬にして厳かになった場の空気に、義凪は固唾を呑んだ。

 一転、京はあっけらかんとして続けた。


「でもね、世界にはいろんな神様がいるわけでしょ。日本には八百万の神様がいるし、海外には破壊の神様を崇める宗教だってあるのよ? そもそも神様なんて、見たことがある人はいるのかしら。風神様だって誰もその姿を知らないのよ? なあんて、巫女がこんなこと言ったら不謹慎かしら」


 京が笑ったので、義凪も合わせるようにぎこちなく笑った。そんなに現実的でいいのだろうかと、こちらが心配になる。


「……本当に、なんなのかしらね」


 京はテーブルの上に肘を置き、組んだ指の上に顎を乗せて呟いた。


「私たちは何のために戦っているのかしら」






風駒かざこまさん」


 京による授業の後、義凪は社から食堂のある建物へ向かう梢に声を掛けた。傍らにはいつも通り北斗がくっついている。


「あのさ、なにか手伝えることある? 片付けとか」

「先輩は病み上がりなんですから休んでいていいんですよ? それに、無理矢理ここに連れて来られたのに手伝っていただくなんてできません」

「体調はもう大丈夫だよ。それより手持ち無沙汰でさ、何かしてないと落ち着かなくて」


 義凪の言葉に嘘はない。ただ、梢に声を掛けた本当の理由は別にある。京が話していた間、元気がなさそうだったのが気掛かりだったのだ。


「そうですか。うーん……取り敢えず、食堂へ向かいましょうか」


 並んで歩く間も、梢は無言だった。


「風駒さんも姫巫女の家系なんだよね? 結界とか治癒術が使えるの?」


 義凪が何気なく発した言葉に、梢の足が止まった。


「いえ……私は力を持っていないんです。京ちゃんは言ってませんでしたけど、姫巫女の家系も紅辻の家系も、全員必ず力を使えるわけじゃないんです。確かに遺伝性はあるんですけど、生まれ持った体質というか、才能というか……」


 梢は俯いて、まるで詫びるように話した。


「そっか。そりゃそうだよな、普通の人だって、親が天才なら子供も天才ってわけじゃないしな」


 義凪は咄嗟に思いついたことを言ったが、フォローになっただろうか。


「残っている一族の中で、私とかなちゃんは力が使えません」


 梢がかなめのことを可愛らしく呼ぶことに、義凪は慣れつつあった。


「かなちゃんは宝玉の恩恵を受けられなくても別の才能があります。でも私にはなんにもなくて……。姫巫女の家系は私と京ちゃんだけなのに、京ちゃんがずっと結界を張り続けている。みんな山から降りた後も、一人だけ残って、ずっと……」


 梢ははっとして、顔を上げた。


「ごめんなさい、変な話して」

「いや、全然……」


 言葉に困る義凪だったが、その時後ろから大きな声がした。


「あーっ! ちょっと何やってんの!」


 声の主である唯は血相を変えて、義凪と梢の間にずいと入り込む。


「なに泣かせてんの!?」

「泣いてないよ! 唯ちゃん、誤解だよ」


 慌てて梢が弁解する。不信感を露わに義凪を睨んだ唯は、梢をギュッと抱きしめた。


「あたしの梢に手出したら許さないからねっ」

「はいはい。てか、なんで稲葉のものなんだよ」


 義凪は降参のポーズで苦笑いする。梢も笑っているから、二人は本当に仲がいいのだろう。


「だってずっと一緒に育ってきたんだもん。梢はちっちゃいころから本当に可愛かったんだから! あと稲葉じゃなくて唯って呼んでって言ったでしょ」


 う、と義凪は表情を曇らせた。さっき二人で話していた時、唯にそう言われたのだ。理由は『ここには稲葉が四人もいるから』。しかしこれまで苗字で呼んできた女子を名前で呼ぶのが、こんなにも照れくさいものだとは。


「あ、私のことも『梢』って呼んでください! ここで苗字で呼ばれるの、なんだか慣れなくて。私も先輩のこと、お名前の方でお呼びしてもいいですか?」

「えっ、うん、いいけど」

「ありがとうございます! 唯ちゃんたちが名前でお呼びしているの、羨ましかったんです。綺麗なお名前ですよね」


 義凪は顔が熱くなった。校内で有名になるほどの容姿を持つ梢の、笑顔の破壊力は計り知れない。だけど、先ほどから百八十度切り替えた笑顔は、どこか切ない。

 唯と梢は喋りながら食堂の方へと歩き出した。


 使えない方が幸せかもしれない――京はそう言った。


(母さんははどんな思いで、俺の力を封じてきたんだろう……)


 義凪は視線を落として、自分の掌を見つめた。

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