蜘蛛娘

「君は、なんで糸に絡まっているでしょうか」

 目の前の女性は、何本もある腕の中の二本を使ってお手上げの仕草をしながらこちらに問いかけてきた。

「……ごめん、心当たりはない」

 僕は強がってそう答えた。

「そっか、やっぱり自覚ないんだ。じゃ、お仕置きだね」

 手足がより強く締め上げられる。血流が悪くなり、指先が冷たくなるのを感じる。

 なぜ、なぜこんなことになってしまったのか。必死に原因を考えてみる。

 

 僕は今、一般的な高校生活、というやつを送っているつもりだ。学業に精を出し、部活に力を入れ、友人、そして何より彼女が居る。

 彼女といっても人間ではなく、蜘蛛娘だ。もちろんだからといって他に特段変わったことはなく、可愛げもあっていい子だと思う。彼女とは入学後すぐから仲が良く、半年もしないうちに告白され、付き合うことになった。

 あれから一ヶ月くらいしただろうか。恋人ではあるもののあまりベタベタするようなことはなく、友人の延長のような関係性で接している。

 関係性が特段悪化するようなことはなく、仲良くできていたと思っていた。だが彼女の態度を見る限り、怒らせるような事をしてしまったのだろう。脳をフル回転させ、今日の出来事について思い出す。

 朝は蜘蛛娘さんと会話し、授業の間も彼女と移動して……廊下で犬娘の先輩にぶつかった。落とした書類を拾ってあげたらハグをされたのを覚えている。

 ……その後、昼食は蜘蛛娘さんと一緒に食べ、図書室に向かった。本を返却したら、図書委員のカラス娘さんに頭を撫でられた。

 ……放課後、部活の時間ではライオン娘の部長に後ろから尻を叩かれて喝を入れられた。

 部活が終わったあとは蜘蛛娘さんの家にお邪魔し、彼女の部屋に入った瞬間縛られ、そして……

「その、もしかして、浮気とか疑われてたり……」

「へえ、やっと気付いたんだ。それとも気付かないフリをしてたのかな」

「冗談じゃない。僕が彼女がいるのに浮気するような人間じゃないのはわかってるはずだ」

 いくらなんでも、恋人という関係性の意味は理解している。

「でも、君はマーキングされ放題。いつ食べられるかなんてわかったもんじゃない」

「それは……」

 思わず言葉が詰まる。

「だから、さ。もう君のこと、離れられないようにしちゃおうかな、って」

 そう言って彼女は近付いてくる。僕の顔からも血の気が引くのを感じる。

「交尾。一つになろっか」

 僕は暴れて逃れようとするが、彼女は僕の頭と身体を抑え、ねっとりと口付けをした。

「私たちってさ、交尾中に、オスのことを、本当に捕食しちゃう習性があるんだよね。」

「でも、私は優しいからさ。大人しくしてくれたら、食べないでおいてあげる」

「だからさ」

「素直に、食べられちゃってよ」

 青年の悲鳴が住宅街に響き渡った。

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愛が重い人外っ娘の短編 なまくら刃 @namakurayaiba239

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