10 静かな温もり

彼女からのメッセージは、少しずつ浮かび上がり続けていた。

スマホの画面に表示される文字は、彼女の声そのものだった。


「貴方がどう生きていくかそれが私の心配だった」

「でもね貴方ならきっと大丈夫だと思うの」


その言葉に、僕は何度も問い返したくなる。

「どうしてそんなふうに思えるんだ?」

「君がいないのに、どうやって僕が大丈夫でいられるんだ?」


けれど、彼女のメッセージはどこまでも穏やかで、まるで僕の心の中の波を静かに鎮めるようだった。


「泣いてもいい立ち止まってもいい少しずつでいいから前に進んで」


僕はそのメッセージを見ながら、これまでのことを思い出していた。

彼女と出会い、普通の恋人として過ごした日々。

喧嘩して、仲直りして、一緒に未来を語り合った時間。

そして、彼女を失った後の喪失感の深さ。


彼女の言葉は、それら全てを肯定するように響いていた。

僕がどんなに迷い、どんなに立ち止まったとしても、彼女は僕を許してくれるだろう。


夜、僕は彼女とよく歩いた公園へ足を運んだ。

寒さが肌を刺すような季節だったが、空は澄み渡り、星が瞬いていた。


彼女と一緒に過ごした風景が次々と蘇る。

「あのベンチに座って、アイスを食べたな。」

「川沿いを歩いて、遠回りしたっけ。」

そんな思い出が、頭の中で静かに再生されていく。


ポケットの中でスマホが振動する。

画面を見ると、また新しい文字が表示されていた。


「忘れないでいてくれるだけで十分だよ」


僕はその文字をじっと見つめた。

忘れるなんてできるわけがない。

君との記憶が、僕の中の全てだから。


その夜、僕は彼女に誓った。

彼女が願うように、少しずつでも前に進むことを。

彼女を忘れるのではなく、彼女との思い出を胸に抱えたまま、未来を歩いていくことを。


スマホの画面に、最後のメッセージが現れる。


「ありがとうさようなら。」


その言葉が消えた瞬間、画面は元の静かなホーム画面に戻った。

彼女の声が、本当に遠くへ消えていったような気がした。




僕は空気を静かに吸い込み、夜空を見上げた。


無数の星が、どこまでも広がる闇に小さな輝きを散りばめていた。


その中の一つ、ほんの僅かに瞬いた光が目に留まる。


「君がいるのかもしれないな。」

そんな考えがふと浮かぶ。現実的ではない。


でも、その瞬間だけは、不思議とそんな気がしてならなかった。


彼女はもういない。


けれど、その欠けた部分が、僕の中で新しい形を作り始めているようだった。


喪失ではなく、記憶として。

悲しみではなく、静かな温もりとして。


夜空を見上げたまま、僕は歩き出した。

星たちは変わらずそこにあり、僕にささやかな導きをくれるようだった。

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君がいない未来へ 魔石収集家 @kaku-kaku7

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