9 最後のお願い

スマホの画面には、彼女からの文字が少しずつ表示され続けていた。


僕はその間にいくつものことを考えた。

これは本当に彼女が残したものなのか?

それとも、僕の知らない誰かが仕掛けたいたずらかもしれない。

でも、そんなはずはない。彼女の言葉だ。僕には分かる。


画面には再び文字が浮かび上がった。


「きっと驚いているよね」


僕は喉が詰まるような感覚を覚えた。

文字は一つずつ、ゆっくりと現れる。

そのたびに、彼女が目の前で話しているような錯覚に襲われる。


「一緒に過ごした日々が私にとってどれだけ大切だったか」

「それをちゃんと伝えたくて」


彼女の言葉が増えるたび、僕の胸は締めつけられるようだった。


その日は他に特別なことが起こるわけでもなく、文字も途中で途切れたままだった。

それでも、彼女がまだ僕に語りかけているようで、僕はスマホを手放すことができなかった。


夜、いつものように静かな部屋に戻ると、彼女がいた頃の記憶が押し寄せてくる。

僕は彼女が座っていたソファを見つめながら、ふと声を出してみた。


「次は何を伝えたいんだ?」


当然、返事はない。

でも、心のどこかで彼女の答えを待っている自分がいた。


次の日、僕は彼女のメッセージを確認するため、再びスマホを開いた。

そこには新しい文字が浮かび上がっていた。


「私がいなくてもあなたが前に進めるように」


僕はその文字に目を凝らす。

「前に進む」という言葉が、まるで僕の胸を貫くようだった。

どうやって進めばいい?君がいないのに。


メッセージは途切れることなく、少しずつ続いていく。

「あなたが幸せになることを願っている」

「私の最後のお願いです」


その文字を見た瞬間、僕は目を閉じた。

胸の奥で何かが崩れ落ちるような音が聞こえた気がした。


彼女が僕に伝えたかったのは、彼女がいない未来をどう生きるかということだったのだろうか。

でも、僕にはそれがどれだけ難しいことか、彼女に伝える術がない。


スマホの画面を見つめながら、僕は静かに呟いた。

「もう少しだけ……君の声を聞かせてくれ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る