終幕

気まぐれな神の罰当たりな寵愛

 祝言の日の夕刻。暁の社にて、蜜は盛大に号泣していた。


「うわぁぁん、おんっ、さ、小夜ちゃぁん! 立派になってぇ! とっても綺麗よぉ!」


 小夜は角隠しに正絹の白無垢を纏っていた。振袖が汚れないように気をつけながら、ぐすんぐすんと大袈裟に泣く蜜の涙を手巾で拭ってやる。

 

 そこへ音もなく暁が現れ、小夜の気を引こうとしている女神を冷たく見下ろす。彼は縦線の入った黒い袴に、黒の羽織という正装姿だった。

 

「貴女はここまでです。早く出て行っていただけますか」

「何よぉ! 小夜ちゃんをこんなに可愛く着付けたの、わたくしなんだからねぇ!?」

「こんなに可愛い小夜の花嫁姿を見られただけ、幸運だと思っていただきたいのですが」


 これまた大袈裟に腕を振って抗議する蜜だが、暁はすげなく切り捨てる。

 しかし小夜だけは蜜に向かって微笑んだ。


「着付けだけじゃなくて……本当に色々、ありがとう。私、蜜のことが大好きだよ」


 その言葉に目をこれでもかと大きく開いた女神は、そのまま大粒の涙を流しながら「わたくしも大好きよぉぉ〜!」と小夜に突撃しようとするが、残念ながら暁の腕によって阻まれてしまった。


 そのまま蜜をぽいっと引っぺがした彼は、小夜に向き直る。化粧が落ちてしまうため、唇を奪えないのが口惜しかった。


「綺麗だよ、小夜」

「暁も……素敵だよ」


 見つめ合う二人を見て腰をに手を当てた蜜が「全く、お熱いことねぇ。今日だけは大人しく消えてあげるんだからねぇ!」とどこかへ消えて行った。


 彼女を見送った小夜は、また次に会った時に感謝を述べようと決める。


「やっと居なくなったか……祝言だけは邪魔されたくないからね」

「別に、蜜がいたままでも良かったのに」


 苦笑する小夜に、暁が鼻を鳴らした。


 そして彼が指を一振りすると、そこは本殿だった。二人横並びで座り、いつのまにか現れた弓彦がそばに侍る。


 日が完全に暮れた頃、婚礼の儀が始まったのだった。小夜の目の前には大きさの異なる盃が三段重ねられていた。


 弓彦により、酒器から盃に神酒が注ぎ入れられる。神酒はその名の通り、暁により神力が直接注がれた酒である。


 小夜と暁が交互にそれぞれ三度ずつ、酒器に口をつけて飲み干した。

 じんわりと喉から身体に温かさが広がっていく。横目で暁を見ると、彼は満足そうに微笑んでいた。


(この世で最も幸せなのって、私かもしれない)


 朝焼け色の瞳を見つめ、小夜も微笑みを返した。



 **



 東雲神社には、二柱の神が祀られている。

 うち一柱は古くからこの領を守護する土地神さま、そしてもう一柱はその寵愛を授かりその伴侶となった女神、小夜姫である。


 もう数十代も前の宮司の頃、かつて一人だけ、朱ではなく薄紅色の袴を身につけた巫女がいたという。小夜という名のそれはそれは美しい彼女は、人々から土地神さまの花嫁と呼ばれた。


 彼女はやがて孤児たちを受け入れる施設を社のそばに作り、領の内外へ支援の手を広げていったという伝承が残っている。

 人々は彼女を愛し、土地神さまと対になるように彼女を祀る社を建てたのだった。


 今日こんにちの東雲祭においては、土地神さまの金の神輿と、伴侶となった"小夜姫”の銀の神輿が、並んで大通りを練り歩くこととなっている。

 

 祭りの喧騒の中、金の神輿に乗り上げた絶世の美男子はくすくすと笑った。担いでいる男たちを含めた誰も、神輿の上で銀髪をなびかせる彼を目にすることはできない。

 

 存外に悪戯好きな彼の瞳は、降り注ぐ花火の光を受け輝いている。

 

「ふふ……神の寵愛を授かった小夜姫がまさか、かつて祠を壊した罰当たりな少女だったなんて――誰も考えもつかないだろうね?」

「もう、暁! 何百年前の話だと思ってるの、いい加減忘れてってば!」


 隣にある銀の神輿から、可憐な声が飛んできた。長い黒髪に鈴蘭の花を垂らした美しい少女は、恥じ入るように頬を膨らませる。


「それは出来ない相談だな、小夜」


 今にも溶け落ちてしまいそうな甘い声色で、神はくすりと微笑んだのだった。


 


 


――『気まぐれな神の罰当たりな寵愛』。



──────────────────────


これにて終幕(+番外編2話)ですが、気に入っている作品なのでまた落ち着いたら続編を書きたいです。


そして本作はカクヨムコン10ライト文芸部門応募作品です。

読者先行突破を目指しているため、少しでも面白い・楽しかったと思ったら★★★で応援してくださると嬉しいです!


何度も心が挫けそうになりましたが、読んでくださる方の存在が本当に励みになりました。最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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