episode1(4)
御者のグルグとは名残惜しいが城壁の前で別れた。
門番に徹する厳かな近衛騎士に正規の謁見証ではなく、封蝋印にガーランド家の紋章が刻まれた招待状を渡した。
騎士は手紙の文章は目に触れず王直筆のサインの真贋を見極めていた。
「──主君、ガリア・ブライア・ガーランド陛下より招待を受けた若者が此度現れることは承知していた。書状と筆跡の合致を確認したので貴殿の入城を許可する」
騎士が壁に設置されたクリスタルに触れると、青白く発光しながら内側のクリスタルにも連動する仕組みで合図を受けた二人の騎士が施錠を解除して門が開かれた。
城壁の門を通り、広大な土地に築かれた二つの城を前で歩みを止めた──。
眼前より右側に位置するガーランド城のバルコニーから強い視線を察知できたのは彼が持つ天性の勘で、見上げると慌てた様子で踵を返した人影と、紺色髪の女性と刹那的に視線が触れた様な気がしたが瞬く間に視界から消えてしまった。
その途端、ガーランド城の扉が開かれた。
「──久しいね、ルシア君。背も伸びて顔付きも大人びたようだ」
護衛も差し添えずに堂々と現れたのはイベル国王ガリア・ブライア・ガーランドその人である。
優雅な物腰と気品に満ちた王である以前に一つ一つに迫力がある風格をしている。
髭の無い清潔感がある堀深い顔立ちと切れ長で深みがある群青色の双眼にクリームチーズを溶かした色の髪は太い首の付け根まで届き外にハネている。
長剣を携える背は非常に高く高身長に近いルシアと比べても圧倒的な差がある程だ。
素人目でも伝わる鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体と溢れるばかりの覇気に初対面であるならば自然に萎縮してしまい一歩引き下がるだろう。
「お久しぶりです、ガーランド王。エルデの地で"ロストガイア"が起きた日に貴方と出逢い、自身の出生が王国に繋がると知ってから今日で二年が経つんですね。時間を要しましたが、己がすべき事を果たしてきました」
「そうか──。結末は君の瞳を見れば分かるよ。それでも、君にとって祖国であるエルデを離れ私の下へ来てくれた。あの日はお互い満身創痍で多くを語れずにいたが、君の過去を知る者として半ば強引に引き寄せたのは私の責任だ。本当に今更だが、君は人生の選択を強いられたのも同然で心の枷になっていなかったかい?」
ルシアは改めてガリアを思慮深い人だと胸中で感じた。
「勿論、葛藤が無かったわけではありませんし、生死を共にした仲間達とも最後まで理解を得られず置き手紙だけを残してエルデを離れました。それでも、自身の記憶を辿ることは人生を与えてくれた育て親と交わした最期の約束でもありますから。ガーランド王に導かれ、選択したのは僕自身です」
堂々とした語り口と、真っ直ぐガリアを見つめる瞳に迷いはないが、曇り空の様な陰鬱とした悲しみが奥底に孕んでいるのを隠しきれていない事をガリアは察している。
深く同情したガリアは自然と両手を伸ばしルシアを抱擁した。
「が、ガーランド王……?」
前触れもなく距離を縮めてきたのでルシアは驚きの色を隠せない。
「そう気張らずに"ガリアおじさん"と呼びなさい」
「おじ?え……?」
掴みどころのないガリアの言動に今まで暗く硬かった表情が動揺に変わり、付近にいる騎士達も唖然と二人の光景を見つめていた。
「ちなみに君からの呼び名だ」
「……なんて礼儀知らずな」
「あの頃の私は王の剣であって国王ではなかったからね。今でも堅苦しいのは性に合わないので側近や友の前でも基本無礼講だ。流石に、公の場では粛々と王の責務を果たしているよ?」
「騎士達の視線が痛いですよガーランド王……」
ガリアは軽く微笑みを見せながら抱擁を解いた。
「さ、立ち話もなんだね。積もる話は城の中でゆっくり語ろうじゃないか」
「その前に、一つだけお願いがあります」
一国の王の気遣いで和んだ場の空気も束の間で、ルシアの顔付きが一層真剣になる。
「……なんだい?」
ガリアは柔らかい表情のままだが、おそらくルシアの意図に気付いているのだろう。
「今日はグリゼルダの命日、ですよね。彼女が眠る霊園へご案内いただきたいです」
その時だった。
「──ルシアッ」
「!あなたは……」
開いたままの城から息を切らし現れたのはエンジェレーネ・ブライア・ガーランド王女だった。
Dearestーディアレストー カズキ @amenokazuki
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