第2話「宇宙のお話」

俺はそっとドアを閉じた。


「いやいやいやいやいや」


おかしいおかしい。ん?俺今確かにこのドア開けたよな?

ああ、なるほど、緊張のあまり幻覚を見てしまったらしい。はは、我ながらなんて不甲斐ない男だろうか。さすがにビビりすぎだろう。いやでも確かに面接官らしき人はいたな。このドアだって懇切丁寧に面接会場って書いてあるしな。

ここが面接会場で間違いはないだろう。うん、ここは仕切り直しだ。

そう言って小刻みに震える手をドアノブにかけるとドッと冷や汗が出るのを感じた。助けを求めてギギギと音を立てるように後ろを振り向くとメガネさんがエレベーター前でこちらに微笑みかけていた。


「あ、あの…」

「面接官の方がお待ちですのでお入りください」

「いや、これって…」

「お入りください」

「あ、はい」


どうやら逃げ道はこの可哀想な男一匹には残されていないらしかった。

後ろからの圧に押されるように俺はもう一度目の前のドアを開けた。


「さすがに面接官に無言での退出はどうかと思うよ」

「あ、いや、はい、すみませんでした。」



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「よろしい。さ、じゃあ気を取り直して始めようか。」


男は俺に向かってそう嗜めると、さも当然かのように月面にポツンと置かれた椅子に座るよう促した。

今自分がいるのは記憶の中にある月面そのものの風景だが、あまりにも異質すぎるデスクと椅子が置いてある。最初は何かしらのセットなのかとも考えたが、深い黒に覆われた宇宙空間は奥行きがはっきりと感じられ、見ているだけで吸い込まれそうになる程だ。何故か面接官の後ろには日本国旗が月面に突き立てられている。なんかアメリカの国旗で見たことあるぞこの構図。というか仮に月面だとしてなんで生身で呼吸できてんだ?さすがに現代の進歩した技術力でも宇宙服なしで宇宙空間で生活はできないはず、だと思うが…。

まずい。全く情報が整理できない。


「うーん非常に予想通りのリアクションで嬉しいよ。100点満点だ。」

「あ、ありがとうございます。」

「さすがに最初にここに連れてくるのは迷ったんだけどね、今後のことを説明するのに手っ取り早かったからさ。そこは許して欲しい。」

「今後のこと、ですか?」

「ああそうだ。一応面接っていう事になってるけど、僕らは君を迎え入れる気満々だからね。君が望めばすぐにでも手続きをしてもらいたいところだね。」

「望めばって、断ることもできるんですか…?」


例えばここが月面だとして、これが仮に世界に公開されていない超重要機密だとしたら、面接とはいえその一端に触れている自分はもう戻れないのではと思っていたがそうでもないんだろうか。


「あれ、断るのかい?君にはこの道しかないと思ってたけど。それとも他の名だたるブラック企業に就職する事に心変わりしたのかな?」

「いや、そういうわけでは…」

「まあ断ってもらっても構わない。そこの強制はしてないからね。その代わりここに来たことは忘れてもらうけど」

「ヒエッ」


ほら見たことか。やっぱり厄ネタじゃないか。ていうかそんな簡単に記憶消すとかどう見ても普通の技術力じゃないだろう。本当に何なんだここは。


「まあ脅すつもりは毛頭ないよ。ただ君にはどうしてもウチに来てもらいたいってのは本当さ。」

「そ、そうですか…。あの、ここに来といてなんですけど、私はなんでここに呼ばれたんでしょうか。何というか、心当たりがないと言いますか」

「まあそこは気になるよね。と言っても事情が事情だから、今のウチの状況と合わせて順を追って説明するよ。長くなるからお茶でも飲みながらにしようか」

「よ、よろしくお願いします」


男は流れるようにティーカップに紅茶を入れ始めた。というかどっから持ってきたんだそれ…。


「さて、まずウチの概要だけどね。表上は宇宙産業に関する開発と研究を行う機関って事になってる。まあ名前通りだね」

「表ってことは、実態は違うと?」

「そうそう。まあやってないこともないんだけど、ここの本質ではないね」

「じゃあ一体何をやってるんです?」

「宇宙観交流」


静寂が流れる。男は一息つくようにズズズと紅茶を飲み始めた。


「すみません、理解が追いつかないデス」

「ははは。まあそれが普通の反応だよね。文字通りの意味で、我々は別の宇宙の存在と交流し、そこで得られるリソースと知識を地球に還元する。それが仕事だよ。」

「う、宇宙人ってことですか?」

「まあ、わかりやすく言えばそうだね。とはいっても多分君の考えているような超文明の宇宙人ではないけど。」


それは違うのか。よく映画とかであるとんでもない技術を持った存在で、地球に侵略を仕掛けてくるとかそういう類いの話かと思ったよ。それに関わるとか超怖い。


「まずそもそもの話としてね、この世界には僕たちのいる地球や太陽系を含めた複数の宇宙が連なって存在しているという仮説があったんだが、つい20年前にそれが証明された。」

「証明って、そんなことできるんですか?」

「証明したっていうより、されてしまった、だね。当時月への調査を行っていたアメリカの部隊が宇宙空間に大きな歪みが発生していることを確認したんだ。この歪みについて各国は秘密裏に調査を開始し、先遣隊が歪みの中に謎の空間があることを発見した。」

「歪み、ですか」

「そう。この歪みは後に「ゲート」と呼ばれるようになった。先遣隊は決死の覚悟を持ってゲートの中に入って調査を試みたんだが、その中でさまざまな宇宙文明人がいることを確認したんだ。しかもその世界既存の生命体ではなく、複数の宇宙から同様にゲートが繋がっていて、そこから派遣されていた人がそのゲート内の世界に来ていた。」

「な、なるほど…。じゃあそこに来てた人々との交流して超技術を地球に持ち帰ると」

「いや違う。何故かそこに来ていた文明人は全て例外なく地球とほぼ同等の文明レベルだった。むしろ地球文明は上から数えた方が早いね。」


うーん、ますますよくわからん。ならむしろ違う宇宙文明へ地球から技術提供をしてるとかなのか?宇宙規模のことで頭が麻痺してるのかもしれないけど地球側にそこまで旨味がないような。まあ宇宙人の証明ができただけでもすごいんだが。


「問題は各宇宙に繋がっている根幹世界の方だ。僕らは「バース」と呼んでいる。統治しているような文明人や生命体は確認できていないが、どうしようも説明のつかない超技術がゴロゴロと存在している世界だった」

「はぁ。それで地球の部隊はその世界の開拓を行っていると」

「そういうこと」

「でもそんな宝の山だと他宇宙の人と取合いにならないんでしょうか?」

「いい質問だね。我々もそれを危惧していたんだが、先に他宇宙の方から同盟を求められたんだ」

「それはまた平和なことで」

「これは先に開拓を進めていた他宇宙の部隊からもたらされた情報だが、かの世界には強固なプロテクトが施されていて、開放条件を満たさないと先に進めないってね。それでその攻略を進めるために得た技術の分配を条件に同盟を結ぶ事になったわけさ」


攻略ってゲームかよ。


「まあ実際ゲームみたいだって先遣隊の隊長が言ってたね」

「もしかしてその超技術とやらで心が読めるとかですか?」

「ノーコメントで」


もう脳がパンクしているので心を読まれようが何も感じなくなってきた。

ちょっと慣れてきている自分が怖い。何だこれ、本当に頭がおかしくなる。


「長々と説明してきたけど、ここからが君の今後についての話だ。これからのキミの人生が決まると思って、心して聞いてほしい」


半ば放心状態だったが、その威勢に思わず背筋がピンと伸びる。

そうして男は持っていたティーカップを置き、立ち上がって俺にこう告げた。




「僕と契約してゲームの攻略者になってよ」


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