渡る世界を鬼は征く
木君
第1話「面接会場はこちらです」
「ふぅ…もうこんな時間か」
今日はいつもより早くに目が覚めた。
時間に余裕を持って朝の準備をするのなんてのはいつぶりだろうか。
直近で部活動やサークルに打ち込むこともしてなかった生活からすれば、ここまで自制の効いた朝を迎えられたのは奇跡に近い。
シャワーを浴び終わり髪を乾かしながら時間を確認すると、冷蔵庫に入っていた野菜ジュースを慣れた手つきで取り出し喉を潤す。一人暮らしの自堕落な学生生活を送る男にとって、朝食をとるという文化は随分前に衰退した。手軽に健康を摂取できる野菜ジュースはすっかり我が家の生命線だ。
そんなインスタントな朝食を摂取しながら、引っ張り出してきたスーツに袖を通しネクタイをキュッと締める。
「うん、全く似合わんな」
服に着られるとはまさにこの事だろうか。着飾った自分の姿に少し嫌気が差すので、もうちょっとどうにかならんかと四苦八苦するが、もうタイムアップだ。
見た目の不安は拭えないが、覚悟を決めて家の扉から外へ飛び出す。
なんたって今日は俺の人生を決める大一番なのだ。
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日本の就職活動についてはここ数年間で劇的な変化を見せていったと言っても過言ではない。
20年前までの就職活動といえば、その学生生活で学業や部活動などに打ち込んだ経験を用いて企業に自分を売り込みに行く、というのが基本的なスタイルだった。そして他者より良い大学に進み、自分の持つステータスを積み重ねていくとよりいい企業への就職の道が開かれていく。学歴社会が蔓延った当時の資本主義らしい考え方ではあるが、学生達がこぞって他者と比較し合いながら企業の内定を得るためにいそいそと就職活動に励む様子は毎年ニュースにも取り上げられ、一大イベントとしての様相を見せていたようだ。
しかし、現在この2045年おいてはそういった競争はほとんどないと言えるだろう。進歩するAI技術革新によって義務教育のカリキュラム自体が変化したことが一番の要因だろうか。小学校から高校卒業までの12年の間に施される教育内容の進捗度合と意欲関心などが常にデータとして蓄積されスコア化されるようになったため、学生はそのレベルに合わせて小・中・高とそれぞれの学校へと振り分けられる。また、義務教育と並行して各個人の適性検査が自動的に実施される仕組みになっているので、高校卒業のタイミングでその人に適性があるとされた道がいくつか提示され、それに合わせて大学、専門学校、就職とそれぞれのキャリアを歩んでいくこととなる。
俺は高校までの学力は中の上くらいのものだったが、なんとかたまたま適性のあった大学に進学することができた。基本的に大学は専門的な分野に特化して学習が進んでいくため、就職先も基本的には時期が来ればマッチングという形で企業側からアプローチがかかるのが一般的だ。だがもちろんのこと、この大学内でも落ちこぼれればやってくる企業の枠も少なくなる。そんな簡単なことに気づかなかった俺は、地方から独り立ちできたことに浮かれ単位ギリギリを攻める怠惰な生活を送り、いつの間にか大学内でもしたから5本の指に入る逸材になっていた。
もちろんここまでくると大学出身者とはいえ就職先は非常に危うい。同じく大学で苦楽を共にし、共に堕落した友人は担当の教諭から伝えられた真っ黒な就職先群を見て魂が抜けていた。まさか自分があの体育会系不動産ベンチャー企業に行くとは夢にも思わなかったのだろう。あゝ無情なり我が友よ。アーメン。
次は自分の番かと恐る恐る自分のいける就職先を確認すると、友人と同様に真っ黒な企業群の中に一筋の光明が見えた。
「う、宇宙産業開発研究機構…?」
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そうして俺はこの現状を打破すべく、全ての望みをかけてこの宇宙産業開発機構という企業?と呼んでいいのかわからん施設に面接に訪れることになった。
最寄駅から専用のバスで送迎があると聞いていたが、バスの中は何故か自分しかいない。運転手に確認してみると面談の話は届いているらしく、一人ソワソワしながら移動する羽目になった。今日は他に面接を受ける人はいないのだろうか…。よく知らない場所に一人ドナドナ売られていく気分になってきた。
移動中には東京ドームが数十個入りそうな広大の敷地の中に多くの研究施設と思われる建物がいくつも見えた。さすがお国の管理する宇宙開発の施設は規模が違う。正直なところ未だにこの状況が飲み込めていない。宇宙なんてもってのほかだが、そもそも俺は理系ですらない。そんな俺が宇宙産業?なにかの間違いだろうかとも考えたが、現在の日本教育を確立した頑強なAIがそんなエラーを吐くとも思えなかった。もしや俺には宇宙飛行士になるべくして生まれた隠された才能があったのだろうか…。などと考えているうちに面接会場らしい白い塔のような施設が現れた。なんだこれ、ここの標高が高いっていうのもあるが上が雲で見えない。見上げていると運転手の爺さんに呼ばれ案内された。施設の中に入っていくと、面接官と思しきスーツを着たメガネの女性に声をかけられた。
「鬼束雄吾さんですね。お待ちしておりました。」
「は、はい!よ、よろしくお願いします…。」
「そんなに緊張しなくてもいいですよーって、まあ無理もないか。とりあえず向かいましょうか。」
緊張からか柄にもなく声張り上げてしまった。めっちゃ恥ずいが。
促されるがままにメガネさんに着いていき、上階行きのエレベーターに乗る。このエレベーターで初対面の人と二人って絶妙に気まずいんだよな。
「あ、あの」
「どうかされましたか?」
「あ、いや。このエレベーターなんか長くないですか…?」
いや長い。いくらなんでも長すぎる。乗ってからもう10分近くたってるはずだ。
というか外が見えないから上に向かっている感覚もなくなってきた。
「そうですか?あー、私が慣れちゃってるからかな。まあもう少しですよ」
「は、はぁ…」
ここにきて就職することに不安を覚え始めたが、もう後には引けない。もう何が出てこようがここで働く覚悟を決めよう。
「さ、つきましたよ。向かって正面のドアからお入りください。」
「は、はい。」
長い長いエレベーターの旅が終わるとその子には無機質な扉が佇んでいた。
なんとも飾り気がないが、企業の会議室なんてこんなものだろうか。
「失礼します。」
心臓が早くなるのが嫌というほどわかるが、意を決して俺はノックしてからドアを開けた。
「は?」
ドアを開けるとそこには一人の男がいた。
「ようこそ、鬼束くん。これから長い付き合いになるかもだけどよろしくね。」
男はそう言って月面にポツンと置かれた椅子に腰掛けた。
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