第6話  美人の幼虫は目つきが悪い



 アキアル王宮の中庭。


 足を止めたオッドロウのもとに、一人の少女が小走りに駈けて来た。


 年の頃は十一、二才か。今日は朝から肌寒いというのに少女は上着も羽織っていない。


 服はこざっぱりとした簡素な仕立て。小娘くさい快活な立ち振る舞いの一方、身にまとう雰囲気は一見して貴族のようでもある。王城に滞在している近隣の下級貴族の息女だろうか。


 相手の正確な身分の程が分からなかったので、とりあえずオッドロウは帽子を脱ぎ、丁寧に畏まった。


 オッドロウの目の前に立った少女も一礼を返す。



「ぶしつけにお呼び止めして失礼しました、大魔道士どの」



 その仕草は堂に入り、節々に作法の折り目があって接していて心地よい。白い肌は繊細さを感じさせるが、間近に見る瞳は年端もゆかぬ少女にしては強い意志力を感じさせる。



(こりゃ低い位の者じゃあるまい)



 アキアルに連なる家の御方か、と尋ねたオッドロウに、少女は微笑でうなずく。


 その姿を眺めながら、将来を大いに期待できそうな秀麗な顔立ちをしている、とオッドロウは思った。



(こりゃ美人のサナギ……いやさ、まだまだ幼虫じゃな)



 青みがかった艶やかな黒髪を腰までたらし、碧色の瞳は美しく輝いて見えた。しかし――



(惜しむらくは目つきが……これまた妙に険しいの。せっかくの愛らしさも疵物きずものじゃわい)



 目を凝らしてよく見れば目元にうっすらくままで見える。これは日々優雅な暮らしを送ってきてるはずの貴族の子弟のものには見えない。


 少女の身分についてオッドロウの見立ては混乱した。この少女、貴族然としているがその実、下働きの平民じゃないのか?


 折しも本日は城中で星詠誓約ほしよみせいやくの儀が執り行われている。来客の世話のため城中の下女がその日に限り身なりを整え、平民らしからぬ上等な服にめかし込むのは、よくあることだ。


 だとしたら大魔道士を称する自分が、たかが平民の小娘に慇懃な礼を返したのは大失態――自分も平民のくせにそう考えてしまうあたり、やはりオッドロウは尊さとは縁遠い俗物だった。しかし少女の身分がハッキリとしない上は、どう振る舞っていいかが分からない。



(ああ、アキアルの王宮は鬼門じゃあ……)



 オッドロウはまた少し腹が立ってきた。そんな彼の内心を知らず屈託のない様子で少女は言葉を続ける。



「昔とおなじ装い。遠目にも大魔道士どのだってすぐに分かりました」


「昔と? ……はて、前にお目にかかっておりましたかの?」


「うん、おりましたよ――そうか、分かりませんか。じゃあ、すぐ名乗るのも面白くないかなあ」



 少女はいたずらっぽくクスクス笑うと、オッドロウの頭から足元をすいっと指差した。



「羽根飾りのついたとんがり帽子に長い外套、手には杖頭によくわからない魔物の頭骨をくっつけたトネリコの杖といった出で立ち。いかにも魔法使い然としておられますけど、お顔をよく見ると、わたしの思い出よりぐーんとお若い。まだ六十をいくつも過ぎていないようですけど、いかが?」



 ぶしつけな問いにさらに腹を立てても良かったが、不思議と不快感がわかない。代わりに思わず苦笑をもらす。



「……当年とって六十ですが」


「やっぱり。幼い目にあなたは、とてつもないお爺さんに見えたんです。もう百才くらいかなって」


「はぁ……できれば、それくらい生きながらえたいと思っておりまするが、先祖に長命種の血も入っておりませぬ。ちと難しいでしょうな」


「あはは、あの頃は、もう恐ろしくて恐ろしくて」


「若い時分から老け顔といわれておりますゆえ。厳つい面は……余裕のない人生を送ってきた古傷のような」


「ううん、深みのある良いご面相。初めて会ったとき、これからはあなたをお師匠に魔法を極めんための修練の日々が始まるんだって疑ってなかった。――でも本当はその反対、間抜け話もいいところ」



 ここでオッドロウはようやく気がついた。


 目つきのけわしさに気を取られ見落としていたが、あの日、魔力検査の際に間近にのぞき込んだ双眸の深い色味に見覚えがある。


 それを察して少女はニヤリと笑う。



「アキアルの姫殿下か……!?」


「そう、ノアコアード・アーダ・アキアル。大魔道士どの、あらためてお久しぶりです」



 オッドロウに魔法の能力が無いと断じられたアキアル王国第一王女、成長した姿だった。




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