第5話  大魔道士オッドロウ


 早春の日の午後、アキアル王宮を訪れたひとりの老人、大魔道士オッドロウは怒っていた。


 アキアル城下の数少ない魔法学全般の権威として頼りにされ、礼を持って王宮に呼ばれる。誇らしいことだ。


 魔法を操る者としての威厳を保つため表面上は努めてストイックに、あたかも隠者の風をよそおっていても周囲にちやほやされれば年甲斐もなく嬉しい。酒場の看板娘に、


 ――大魔道士さまっ♪


 なんて持ち上げられるのも内心まんざらでもない。


 王城の者に粗略に扱われたり、応対に不備があったりした訳ではない。


 なのに彼は怒っていた。


 ――わが子が将来、魔力に無事目覚めるかどうか調べてほしい。


 と国王夫妻に、まだ童女にすぎない王の後継者候補――アキアル王室第二王女の魔力検査を依頼され、さきほどつつがなく検査を終えてきた。


 すこし昔にも同じようなことがあった。


 そのとき「魔力の才無し」とオッドロウに診断された第一王女は、


 ――これじゃあ跡目を継げぬのではないか?


 と、たちまち王族としての立場が不安定になり、城の者たちからも一歩距離を置いた扱いを受けるようになったと後に聞いた。


 オッドロウの内面は多分に俗物気質ではあったが、それだけに感じ入りやすい心を持っている。


 自分の見立ての結果が年端もゆかない子供の将来を決めた。しかもあまり幸せでなさそうな方向に。


 当時彼は、ただ事実を述べただけのことだ。とはいえ普段の自分ならば、もうすこし彼女の面目が立つような……波風の立たない、うまい言葉を選べただろうと思うのだ。だが王の御前、ガラにも無く緊張していた。



(その場をうやむやにゴマかしても王女の無魔力症はいずれ問題になったであろうが……にしても衆目の前、ああもハッキリ断言することでもなかったわい)



 そのせいで、いささかの罪の意識を得た。背負わなくてもよい引け目を背負ったのである。



(聡そうな目をした子じゃったな)



 あの日、呆然とした第一王女の顔が不憫でならない。



(催しごとにも姿を見んようだし、今も辛い目にあっておるんでないかのう。……王家なんぞに生まれにゃ魔法を使えんくらい、なーんのさわりもなかったろうに)



 あれ以来、たまに思い出しては、もやもやとしていたのである。


 そんなこんな年月を経て、ようやく忘れかけていたところ、前述の依頼がまたもや王宮からやってきた。


 ――うかうかと出向いて、またぞろ同じことを繰り返すまいぞ。


 そう思い、体調不良を理由に一度は断った。だが王だけでなく王妃からの要請が今回はしつこい。こうなると大魔道士などといっても一平民に過ぎないオッドロウに突っぱねるのはむずかしい。



(貴人にとって世間体が大切なのは分かる、分かるんじゃがなあ)



 懇意にしている城中の者から、さきほどこっそり聞いて知ったことだが、第一王女の無魔力症の件については王妃やその取り巻きが特に問題にしているという。


 亡くなった前の王妃は、アキアル建国の遙か以前より続くこのあたりの土着貴族の出身であったが、現王妃は帝国から嫁いできた歴とした名門貴族の出身である。その取り巻きも大半は現王妃が帝都から連れてきた連中だ。


 いかにも魔法第一義の価値観をもつ帝国人らしい振る舞いだとオッドロウは嘆息した。



(強い魔力を持つものがちょいとばかし優遇されるのは良いとしても、それもほどほどにしとかんと、やがて魔力をもたん人間への差別になってゆくかもしれん……)



 現に帝国では貴族以外の一般市民社会でもそうなりつつあるし、その慣習がこうしてアキアルにも持ち込まれつつある。


 実際、王妃がこれを大義名分に継子ままこである第一王女を排斥して、自分の実の娘を王国の正式な跡取りにせんと動いているのは、政治に疎いオッドロウにも分かった。



(……こういうの、ワシ、好かんわい)



 そうは言っても何ができるわけでもない無力さ。


 大魔道士などとご大層な肩書きを持ちながら、身分ある人間からの要請を断れない己の度胸の無さ。子供の未来をいたずらに覗き見ようとする国王夫妻の料簡の狭さ。アキアル王国を帝国の価値観に徐々に染め上げんとする王妃のふるまいに彼は怒っていたのである。


 仕事は終わった。礼金も受け取った。となれば城下街の自分の工房にさっさと戻りたい。納品を急がなければならない特注の魔道具製作もある。


 見送りの申し出を丁重に断り、足早に王宮の城門へ向かっていたオッドロウを、



「――大魔道士どの」



 呼び止めた者がいた。




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