第4話  将来のこと、ちょっと考えた


 国王の跡継ぎ候補が魔法を使えないっていう問題への悩み。


 いまだアキアル王国内にくすぶっている。


 魔法はアキアル王国のみならず今の世において重大な要素だったし、王家一族の中に強力な魔法使いがあらわれれば――主に軍事の面から――国全体の繁栄にも繋がるとされるほどだった。


 そんな世の中、後継者が無魔力症っていう現実。わたし個人だけじゃなく王国にとって厳しい試練のはずだ。


 とはいえ帝国より王権を認められた開祖から当代で3代目、わたしで4代目の新興のアキアル家。


 代を重ねて貴族化が進んでいるとはいえ、元が商人の家だ。主立った大陸諸王国に比べると王族稼業の歴史がどうしようもなく浅い。


 わたしの問題がとりあえず先送りされてしまうほどには……〝貴族的〟な価値観? そんなスタンスからみて、ゆるーい家風だった。


 しかし、どんな状況にも変化は訪れてしまう。


 わたしが魔法を使えないことがわかった年に、父王がさる帝国貴族家から迎えた後添えの王妃――わたしにとっての継母ままははどの――これがしばらくして女の子を産んだ。


 イクシスと名付けられた妹の誕生で事態はさらに面倒に……いや、ある意味単純になったとも言えるのかな。



 わたしがイクシスと初めて対面したのは、彼女が生まれて半年以上も経ってからのことだった。豪華な育児室のベッド――すやすや寝息を立てる赤ん坊のあまりの可愛らしさに目まいを覚えたものだ。



(おおう……これは……)



 口元が自然とにまにまほころぶ。


 身体の内側にいわく言い難い愛しさがこみあげ、眺めているだけで問答無用に幸せ気分というか。


 いい姉になろう……と理屈を越えた本能に思わず誓ってしまう。


 そしてわたしが、イクシスのふわふわの髪にそっと触れようとしたとき、



「なにをする、お退きなさい――!」



 対面の様子を見守っていた現アキアル王妃、継母どのが手に持った扇でわたしの手をビシッと払いのけた。


 目を覚ましたイクシスが泣き出す。


 ええ!? なにが起きたのか呆気にとられ戸惑っていると、



「そなた、わが娘に何をするつもりであった? いや、言わぬでも、この場にいる者たちには瞭然!」



 傍らの父王に向けて継母どのは強い調子――見方によっては、えらく芝居臭い調子で訴えた。



「陛下、ごらんになったでしょう。だからわたくしは反対したのです。やはりノアコアードはイクシスを憎んでいるようで」



 唐突になにを言っている? この継母どのは――


 もう少し年齢を経たあとなら「痴れ言をおほざきになるなよ、そんなワケあるか!」とでも抗弁もできたかもだけど、なにしろわたしはまだ小さかったし、義理とはいえ親に逆らう胆力ガッツはまだ持ち合わせていなかった。



「国王の後継たるに相応しい者が誕生したことを認めたくはないのでしょう。あの目つき、間違いなくイクシスを害しようという目。まだ幼き身で……ああ、おそろしや!」



 毎夜の精霊の声のせいで慢性的寝不足のわたしの両目を指さすと、継母どのは渾身の侮蔑を込めた表情でいった。



「イクシス……いえ、アキアルの未来を呪っている目……わたくしには分かりますわ。この魔力を持たぬ無能者を城中の者がなんといっているかご存じでありましょうや? このままにしておけば、いずれはアキアルのみならず国外にもわが国の血統が侮られるは必定。陛下、この者はいずれ王国にあだなす者になりましょう。あの心地が悪い目をみれば、陛下の情けも通じてない様子……」



 ちょっと、そんなに酷いか、わたしの顔?



「この者への処遇に関するかねてよりの献策、あらためてお考えの上に、どうかご決断をお急ぎくださいまし」



 その場には乳母をのぞけば王家の者のみ。公ではない内々の場とはいえ一方的にひどいことをのたまったものだ。しかも子供相手に。


 あとになって思えばこの日の茶番、継母どのによる第一王女本人へ向けての最初の宣戦布告だった。


 継母どのはイクシスを将来の王位に据えるべく継子ままこである第一王女を廃嫡に追い込もうとしている……後妻が自分の実子に家督を継がせるべく、前妻の子の排斥運動をスタートさせたわけだ。


 うん、古今東西よくある話かな。


 育児室からつまみ出された当の第一王女は、まだその意味も分からずに、ぽかーんとしていたけど。



「これで王家も安泰! アキアル万歳!」



 継母どのが帝都の実家から連れてきた使用人衆を中心に、そんなことを噂し合う声が年々大きくなってくる。


 加えて近頃、城内ではわたし――第一王女の評判がさらに悪化していた。継母どのの取り巻きが〝無能王女〟の名を広め、イクシスこそが王位を継ぐべきとしきりに吹聴しているらしい。


 イクシスの小さな寝息を聞くと、損も得もなく愛おしくなる。でも、その隣に立つ継母どのを見ると、冷たい現実が押し寄せる。


 イクシスの魔法力の期待値はまだ分からない。しかし、わたしのような無魔力症というレアケース、常識的な確率からいってまず起こらないだろう。



(そうなると……わたしの立場もいよいよいけないなあ)



 成長するにつれ将来の生存戦略というやつを自然、考えるようになってしまう。


 多少の窮屈さを伴いつつも、経済的な苦労がないという一点において、大樹に寄りかかるが如き安心感をくれるこの身分も、どこまで保証されてるのやら。


 いずれ周りの状況がさらにネガティブへ転がるのは必至に思えた。



(このままじゃ将来、本当に僧院送りかも)



 静謐せいひつで穏やかで、明るくなったら起きて、暗くなったら寝る……ぞッとする、僧院での規範に満ちた生活なんて。


 そうなったら、もはや余生だ!



『?⊃⊥η$Ω#?ィ?⌒?⌒??∟?8?』



 就寝時になると、あたまの中に響く「精霊の声」だけは相変わらず。おかげで毎晩、眠りが浅い。


 しかし――これに関しては、年々、微妙な変化があらわれていた。


 眠りを阻む雑音に打ち勝ち、ようやく眠りの沼に沈もうとする寸前になると、夢うつつの中、聞こえてくる。



『η光は⌒??……天に地に……??∟??ぴ8?……後継……$Ω#?』



 ごくごく断片的だけど、意味を汲み取れる単語のきれはしが――その瞬間、頭の奥が疼く感覚。



(また……だ……)



 風も音もなく、ただ無限の霧に包み込まれた森の景色。


 そうかと思えば、壁も床も天井もガラスみたいなつるつるの光沢感で、一切の継ぎ目もない一面真っ白な巨大な広間の中。――近ごろ何でだか、意味不明のイメージがふっと浮かぶ。



『?⊃⊥η……第二の……Ω#?ィ?⌒?⌒??……運行を……∟??$Ω#?』



 そして、眠りに落ちてしまう。


 精霊の声と関係があるのか、それとも単純に夢とまぜこぜになったものか。


 目が覚めれば、うっすらかすみみたいにしか覚えていないイメージに、これ以上の考えを巡らすことなんて当時は出来なかった。



 そうこうして月日は流れ、イクシスが5才になった年、星詠誓約ほしよみせいやくの儀が執り行われた。


 その儀とあわせ、イクシスの成長による自然な魔法力の発現を待たずに、彼女が将来魔力の目覚めを得られるかどうかの測定が王宮内において密かに行われたのである。


 時に帝国歴994年。


 大陸各地で作付けの際から心配されていた冬小麦の不作が現実のものとなりつつある――不穏なうわさがアキアル城下の交易ギルドに波紋を広げていたこの年、わたしは11才になっていた。



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