第3話 アキアルの無能王女
とにかくこの騒ぎではっきりしたのは、わたしに魔法の素養が無く、将来も魔法が使えるようになる見込みは無いっていうことだけだった。
アキアルの王宮はまたもや上を下への大騒ぎ。周囲に漂う失望と同情の空気が、子供でも勘づくレベルに濃くなっていった。
しかしその一方、当のわたしはまったくもって腑に落ちなかった。
『~+*#@$!?≠<~*!~#++』
寝入り端は魂のやわらかさが増し、心の抵抗力が穏やかになるという。声は夜な夜な寝床に入りまどろみ始めるころ聞こえてくる。
わたしにだけ聞こえる精霊の声。これは決して幻聴じゃない。
何しろ耳障りすぎて、これが頭の奥に聞こえ始めると、まともに眠れやしないのだ。
「おひいさま、小さい時分にはよくあるものです。昼間、思いっきり体を動かしておられれば、そのようなものは聞こえず、すぐにぐっすりですわ」
わたしが目を真っ赤にして、世話役の侍女たちに精霊の声がうるさくて眠れないことを訴えても単なる幻聴扱い。まともにとりあってもらえなかった。
例の騒ぎのこともあって、子供が周りの大人の関心をひくため、懲りもせず底の浅い嘘をついているとでも思われていたんだろう。
それでも、わたしの寝不足が一向に解消される様子がないのを懸念した誰かが父王に報告したらしく、帝都仕込みという触れ込みの医者が診察に訪れた。
「幼子のころには、よくみられる症状なのですよ――」
医者はにこやかに言った。
「――自分が世の
それでも直らないようならば、と医者は、わたし本人を前に恐るべきことを告げた。
「場合によってはノアコアード姫の頭……脳に疾患があるのかもしれません」
のー!? 魔法が使えないだけにとどまらず、頭の中身がおかしいっていうのか、根本的に。
「現時点では原因は特定できませんので、あくまで可能性のひとつですね、ハイ」
可能性を提示されただけでも、ゆゆしき事態だ。
今後さらに、わたししか感知できない「精霊の声」をアピールしつづけても、虚言癖があると思われるくらいならまだマシで、しまいには〝アタマ〟を壊してると判断されてしまう。
魔法が使えないことで寄せられる同情心よりも、これは救いようも無く深刻。幼心にも恐れおののいた。
後年になって思えば魔法全盛の世の中で、なんでこんなアプローチで病状分析されねばならなかったか。周囲の悪意ゆえとは思いたくないけど……いいじゃないか、仮にイマジナリーな友達がいたって。柔らかく許容すべきだ。
『~~++*#@$!?≠<~!』
ともかくわたしはその日から「精霊の声」を周囲に訴えるのをピタリと止めた。
なにが聞こえてきてもがまん。意識から閉め出すよう努めた。
◇ ◇ ◇
いったい、魔力検査以前のあの遠い日々――一抹の寂しさを感じつつも、基本的には穏やかな悦びに満ちていた生活に戻れるんだろうか?
魔法が使えないとか、この際もうどうでもいい。自己研鑽のすえ、どうこうなる問題じゃあないのだし。
でも実際問題、この件はアキアル王女としてのわたしの立ち位置を救いようもなく弱めたし、後ろ盾になってくれる母親も亡い。どうにもそんなこと、とても無理なように思えた。
だいたい今時の世間体をめっぽう気にする王侯貴族なら……世継ぎの魔力が欠落しているのが判った時点で廃嫡のうえ僧院送り。
配下の諸侯や従属国に範を示さねばならない帝国皇家だったら、まだ幼子なのを幸い、密かにこの世からサヨウナラを強制されて家系図から抹消だって普通にありそうだ。
だけど父王は、この件が明らかになったとき、周囲にこう言ったそうだ。
「我が王家の開祖アキアルも、一片の魔法すら使えぬ一介の冒険商だったのだ。魔法が使えぬなら、それに変わる別のことで才覚をしめせばよいのではないか」
父王の言葉に誰も反論しなかった。
むしろ、それがどれだけ現実的かを誰もが心の中で測っていたんだろう。将来起きうるかもしれない問題を先送りにしただけとも言える。だけど父王の言葉により、この騒ぎはとりあえずうやむやにされた。
とはいえ時が経つごとに、うやうやしくもよそよそしい――腫れものに触るような接し方を周囲はしてくるようになった。
まずもって、わたしのことをどう扱って良いか判らなくなったんだろう。
魔法の使えない王女が「王冠の継承者」に指名され、アキアル王家の後継となる目がこの先あるのかどうか? この点に関しては、父王は一切の明言をしなかった。
世界に愛され、祝福されるようなあの高揚感! ……でも一転、残ったものは手厳しい事実とやりきれない虚しさ。
魔力の無い
ああ、なんて危うく寄る辺ない人生か。
ごく一部だけど口さがない者は、わたしを「無能王女」と呼んでいるらしい。
誰もが王族としてのわたしを畏敬の目で見ているはずだった。だけど、いつしか廊下で交わされる侍女たちのひそひそ話に耳を澄ませるのが怖くなった。
――大きな期待は、それに応えられなかった時、利子のついた負債のごとく当人を苦しめる。もし今の身分を失ったら、どうやって生きてゆけばいいんだろう。
当時のぼんやりした不安を言葉にできたなら、きっとこんな感じだ。
『*>@#Φ≠?*$+!≠⊇sΔ~~d<#$+*!?∫d#Φ!……』
そうこうしているうちに毎夜聞こえてくる意味不明の雑音にもいつしか慣れ――朝まで切れ目無く眠れることは絶対無く、毎夜まんじりともできず慢性的な寝不足問題は以後も果てなく続いたが――わたしの歳月は過ぎていった。
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