第2話  ……*?~≠Δ#+


 アキアル王国第一王女「ノアコアード・アーダ・アキアル」こと、わたしノアコには秘密がある。


 その秘密のきっかけを得たのは、いつごろだったかな?


 大陸征服を企む魔王復活のご神託が下ったとかなんとか……アキアル王国からも魔王討伐の勇者パーティが編成され、盛大な壮行会をもって送り出された時の光景とか、星詠誓約ほしよみせいやくの儀の思い出と入り交じってるあたり5才をすこし越えたころかな、たぶん。


 アキアル王国は、商業を中心とした海辺の小国だ。


 国名と同じ名前の都市を中心に、こじんまりとした領土を広げている。


 この地に点在する先史文明遺跡から掘り出される〝先進遺物〟――これら加工品の取引で知られていた。加えて近年は貿易都市として、帝国の世にあっても新興のエネルギーを享受していた。


 そんな商いの息吹が絶えない気鋭の小国家、その王城。夜の闇に包まれた寝室で、当時わたしはぐっすり眠っていた。


 その夜、突如として、ささやき声みたいなものが響いた。



『……~*?!~~≠@#++』



 耳元にとかそういう話じゃなく、頭のなかに直接――聴覚を超えた部分を撫でられてる感じっていうのか。


 最初はお抱え教師たちに連日、丸暗記に叩き込まれる大陸各地の地名やら数学の公式やら、その他もろもろが夢うつつに再生されたのかとも思った。



『~~※++*#$!?≠<>~!』



 それが意味こそまったく不明なれど、だんだんハッキリしてきた。



「……ぉぉ、やったっ」



 がばりとベッドから身を起こす。小さいわたしはピンと来た。



「つかえる……つかえるようになった……まほー!」



 先日おこなわれた星詠誓約ほしよみせいやくの儀。王家の子女が一日も早く魔力に目覚め、その力を行使できるよう願う宮廷儀式で、わたしはそこで授戒したばかりだった。


 霊験あらたかなる御利益がさっそく効をなし、魔力の源であるマナの知覚ができるようになったのだと確信した。



『?∫ゞ?#゛ョ>Φs$×d>¥Δ……』



 その副次的なオマケ効果で、精霊かなにか未知なる神秘の声が聞こえるようになったに違いない、そんな風に受け取ったのだ。




◇ ◇ ◇




 翌朝、侍女にこの出来事を告げると、アキアル王国の宮廷は上を下への大騒ぎ、パニックになった。


 ――神童あらわる!


 というやつだ。


 魔力発現の兆しが見えてくるのは、だいたいの場合、10歳をいくつか過ぎたあたりという。それを、わずか5才児がモノにした。しかも精霊憑き。


 どれほどの才能を秘めているのか底が知れないと周りは大いに褒めそやした。


 今思えば、これしきの早熟現象に騒ぎすぎかとも思う。それだけ父である国王を始め、わたしの将来をみんな期待してくれていたのだろう。


 この時点じゃ単なる幼児のたわごとかも知れないのにそれを真に受け、だれひとりだって疑う者がいなかったのだから、なんともおめでたい。


 まあ、この時の騒ぎが、後の反動をより大きくすることになったんだけど。




◇ ◇ ◇




 早速、王国城下一番と評判の大魔道士が、わたしの魔力を検査するため王宮に呼ばれた。


 ごたごたと大仰な魔力測定具に囲まれ、わたしは得意げだった。


 魔力に目覚めたとはいえ、いきなり魔法は使えない――というのは検査の前に聞かされていた。



(やる!……あしたから、まほーのれんしゅう)



 幼心にそんなことを考えていたのを、うっすら覚えている。


 王妃であった生母を先年病いで失い、日々すがるべき支えを求めていた反動もあったのかもしれない。


 早くも人として一人前になった――そんな晴れがましい高揚感に包まれていた。そう、まるで自分が特別な存在になる準備をしているかのような。


 その日、針で指先をつつかれ血を採られるところから始まった検査は、魔力に反応するという鏡の前で延々と一人問答をさせられたり、謎の薬液を満たした水盆に息がつまる寸前まで顔を押しつけられたり、銀のカナヅチで頭をコンコンやられつづけたり等々……


 およそ王族……しかも幼児に対する斟酌など全く無い、あらゆる方法をもって行われた。


 後に、わたしの腹心の友となった賢者に言わせると、この日の検査方法の九割は、科学的見地どころか魔法学的見地でみてもまるで意味の無い蛮行ということらしかったが、当時のわたしは半泣きながらも神妙に耐えきった。時を超えて褒めてあげたい。


 そのように探査魔法だか医療魔法の粋を尽くし、測定は慎重に慎重をかさねた。


 丸一日をかけようやく測定を終えたあと、大魔道士は、わたしにとって恐るべきことを告げた。



「――姫殿下に、魔力発現の兆候はございませぬの」



 それどころか測定結果によると、将来的にも魔力が発現する望みはまず無いという。無魔力症ともいうべきか、ごくまれにそんな人間がいるらしい。


 諦めきれない様子の父王は、わずかな望みもないのかと食い下がった。



「我が魔法道の神髄に賭け、一縷の望みも――」



 無い、と老魔道士はにべもなく言い放った。


 気の利いたお追従の言えない質らしいこの老人も、貴人相手にさすがに強く言いすぎたと思ったか、すぐ後、申し訳ていどに言い添えた。



「魔法の才は無くとも、姫殿下の大きな瞳には柔らかな智の光が宿っておるのが見て取れまする。これならば将来、愚物となられる気遣いはなさそうですぞ」



 度を超したボンクラになる心配はなさそうだって保障されても、なんのなぐさめになる? 豚獣人オークそっくりと言われたあと、「しかしながら豚獣人と間違われることはないでしょう、多分」って慰められてなんのフォローになる?


 父王の目に映る失望の影にわたしが気づいたのは、それより少し後だった。





―――――――――――――――――――


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