滅亡王女は世界を変えたい ~先史文明の超科学で魔法文明に挑戦します~

たけながなお

第1話  これって隕石じゃないよね?


 あの日、星空のない夜にわたしは光を見た。


 それがただの光じゃなくて、この世界を変える何かだったって思い知るのは、もうちょっと先だったけど――




 ときたま月がちらりと覗く、星無き曇天の夜空。


 白い尾を曳きながら、まばゆい光点が迫り落ちてくる。


 歴史に名を残す伝説級の魔法使いなんかは、人生のほとんどを費やした修行のおしまいに流れ星――天壌界から隕石を召喚する極限魔法を身につけたって聞いたけど、きっとこんな感じなんだろうなあ、たぶん。


 力ずくで空を千切るような分厚い低音は、金属同士の衝突か、まるで巨大な機械の悲鳴。


 光点が暗い空を横切って、はるか頭上を通り過ぎる寸前、


 ドッカーン!!


 空がはじけたみたいな破裂音。


 骨身に染みる恐怖におそわれ、本能的に身が縮こまってしまう。


 そして光点は、わたしがいる人気のない荒野の向こう、丘の上に墜ちた。


 かっ、と暗闇が薙ぎ払われる。


 ついさっきまで囚われていた野盗団が籠もる廃砦。それがあった丘全体に巨大な火柱があがり、昼間のように一帯を照らす。


 その光は、わたしが知っている魔法のものとはどこか違う。冷たい青白い光。


 まるでケレン味たっぷりな宗教画みたいな光景だった。


「……巨竜ドラゴンもみなごろし、か。……ギャラリーなしは残念だなぁ」


 これは金儲けのチャンス、見物料を取れるイベントなのに──われながら商魂たくましく、目の前で引き起こされた惨事に、わたしは、ひどく間の抜けた呟きをもらした。


 これを呼んだのは、紛れもなくわたし自身だっていうのに。もろもろの事情ゆえではあるんだけど。


『着弾確認、爆発規模、目標に一致。被害範囲のデータを解析中──』


 頭の中に声無き声が響く。


『──熱源反応、ピーク到達。さらに増大中』


 それは人の声ではない。けれど、冷たい理論のような響きの中に、どこかこちらを導こうとする意志を感じる。


 この声の主には、まだまだ隠された力があるんだろう、きっと。


『破壊対象の蓄積魔力、反応加速のリスクあり』


 そら怖ろしいような、楽しみなような……身体の内から沸き出でてくるフツフツとした高揚感。奇妙な気持ちだった。


警告アラート!──爆風による二次被害に備えよ。ミス、伏せてください』


「……へ?」


『両手で頭をしっかり抱えて、口は半開きに』


 その数瞬後。


 足裏で音も無く地面が震えるのを感じた。草木が一斉にざわめく。


 一転、耳をろうし、大気を震わす爆音。さらに大地を波のように揺るがす激震が辺りを覆う。


 まるで目に見えない力が押し寄せてきたように、息が止まるほどの圧力が全身に襲いかかって来た。


 とっさに身を伏せていたのにその場から吹き飛ばされたわたしは、紙くずみたいにころころ斜面を転がっていく。


 その勢いで崖下まで転がり墜ちそうになったが、崖のきわ、すんでの所で下草にしがみついた。


 ぜえぜえと激しく喘ぐ。


「……な、なにっ、これ?」


 変だ。身体が震えだした。手に力を込められない。腰から下もがくがく震えがきて、斜面に足をかけ踏ん張ることが全然できない。


 下は断崖絶壁。落ちたら猫でも足を折るかも。身躯強化ボディ・フォートの魔法でも使えるならともかく、小娘のわたしじゃ最悪、墜死をまぬがれないんでは?


 この税金並みに甘えの無いピンチに際して、また頭の中に声が響く。


『――確認しました、ミス。今、君の体は、大量の≠?*+!≠⊇を分泌していると思われます。+*!?>∫が優位になり、筋肉がョ>Φsになって一時的に弛緩しているのでしょう』


 認識できない単語を多用して状況を説明されてもなあ。


「……ぅぁ…お、落ち……落ちちゃ……ンぐぐ!」


『想定外の事態です。現状、予備プランは存在しません。対処プラン*$≠⊇を緊急策定中』


「………ぁ……ぁぁ」


 人は生命の危険にさらされると、それまでの人生を不意に追想するって聞く。そして神が現れ、生前の功罪を問われるとかなんとか。


 死に際の弱った人の心につけ込んで、僧侶が告解と寄付を迫るための迷信だって決めつけていたけど、不信心者の邪推だったのか。


 ほとんど反射的に、わたしはここに至るまでの人生を振り返り……









(……いや、待て!)


 死ぬのか、こんなところで? なんて体たらくだ。


 これまでの人生15年、人様の世話になっても神の世話になったことなんてないぞ。


 王族の娘として生まれたって魔力無しのわたしには、常に冷たい視線が注がれていた。城の者の目にはいつも失望が映っていた。それでもわたしは諦めなかったんだ。


「……ざ、在天の神々よっ! ……本当にそこに在るなら今こそまとめて力を貸せっ! ……わが手足に……力をあらしめよーっ!」


 必死に叫び、必死に念じ続けた。


 ああ、結局は神頼みか。冴えないよ!


『精神的安定を得るには適切な行動です。最善を尽くしてください。重要器官の損傷さえ避ければ──けっこう助かる』


 頭の中に響く神ならぬ声を虚ろに聞きながら、さして長くもないこれまでの生涯、わたしは思い返していた。



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