2. Humain 《人間》

◇◆ Ronロン ◆◇


今日も、見慣れた道を1人で歩く

《共同魔法研究所》までの、長い道のり

最近は紅葉が綺麗になって、赤と黄色の彩り豊かなこの道は、見る人を感動させるものなのかもしれない。


だけど、僕の世界はあまり、色がない

心が、鉛みたいに重く沈んでいるからかもしれない


エリック………


……オレンジ色の葉っぱが、カサッと音を立てて落ちるのを見た




今日も、《検査》だ。




軽度の打撲や、擦り傷切り傷なんかの軽い怪我は、もう、完璧に治せる。


背中とか死角になる部分も、魔力の流れを感知することで鮮明に補完して治療することができる


組織が細胞レベルで、視える。

組織ごとに、どのくらい魔力を込めれば最適なのかも、大体感覚で分かるようになってきた。



骨折も脱臼も、治せるよ。

骨の解剖は、もう全部頭に入ってる。


だけど関節部分の腱や筋肉の構造、血管や神経の流れは複雑で360度全ての方向からの把握ができていない。


内臓系は……患者さんのなら。

脳や感覚器系は、まだ、これから。



心はとても複雑で、僕の魔法では癒せないと思うんだ

でも、心は魔法で癒すものじゃないんだよ、って、リアム先生がこの前言ってた。


…こうやって、少しずつ、《人間》について詳しくなる

そうして人間は、儚くて、脆いものだと知る




治療内容が複雑化してきてから、僕は医師のリアム先生と、《賢者》と呼ばれるケヴィン先生から、医学について学ぶようになった。


リアム先生には前から教わってたんだけど、忙しいからなかなか一緒にいられなくて。

ケヴィン先生は行くと大体家にいる。何をしている方なんだろう?ケヴィン先生の元には、色んな人が来るみたい。


僕、ケヴィン先生に初めて会った時びっくりしたんだけどね、体が半分、馬なんだよ。

半人半馬の「ケンタウロス」っていう種族らしい。

魔法も使えるみたいなんだけど、詳しいことはわからない。

だけどとっても丁寧に教えてくれるから僕は2人の先生が好きだ。医療って、面白い。



……《訓練》さえなければね。



先生は《訓練》なんて行かなくていいって言ってくれるけど、そういう訳にもいかない。

だって、僕を待っている人がいるから。

僕ががんばれば、助かる命がそこにあるんだよ


それに……。




……今日もこれから《検査》だ。

《訓練》も、一緒。


今日は、どんなことをするんだろう。


やらなくては、とは思うけど、それとは裏腹に気持ちはどんよりと憂鬱になる。




マリア様、マリア様、Ave Maria

こんなことを貴方にお願いするのは違うかもしれないけれど

僕を、この辛い訓練から救ってください

自分の身体を壊すのは怖いんです

痛くて、怖いから、僕は心を無にするんだ

だけど……だけど、そのうち僕は、《人間》でなくなってしまいそうです


……



そうして今日も考え事をしながら歩いていたら、《共同魔法研究所》に着いてしまった。



前はエリックもいたのになぁ

一緒になることはなかったけど、エリックも頑張ってるって思ったら、僕も頑張れた



憂鬱だな……


コンコン、とノックをし、ドアを開けるとジル室長が待っていた。


「……入りなさい」


一瞬、ドキッとする

小さく深呼吸をして……平常心だ


僕はここに来るとまず、自分の心を、壊す


僕は、ジル室長が苦手だ。

だって、この人の《検査》も《訓練》も、痛いし、怖いんだもん

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