『連載作品』グリム-Grimm-

はた

序章『悪魔の子』

第1話 『天魔の戦い』

 この世界の中央には、『天帝』が治める『聖王朝』と呼ばれる大国があった。そして聖王朝には天帝と聖王朝を守護する『十二神兵』と呼ばれる優れた兵士がいる。


 この国には天界に通ずる路(みち)があると信じられ、世界中から信仰者が訪れている。聖王朝は貧民も罪人も拒まない。信ずるものは救われるという理念があった。


 だが、それも数年前までの話。現在の聖王朝には…。


「おお…あれは天帝様だ…!!」

「十二神兵の皆も凱旋されている…」

「あの方々なら必ず…」


『魔の者を退けてくださるだろう…!!』


 冥界から魔族と、魔族の造った生物兵器、怪物(モンスター)が聖王朝に強襲をかけていた。今回も苛烈な戦いを極め、天帝率いる神聖軍が魔族たちを退け、中央大通りを凱旋していた。


「毎回、思うんだけどよ」

「ん?」

「わざわざこんなことする必要あるのかね…?」


 十二神兵第9位『千本槍』のケルヴィン・シャーウッドはいつも、この凱旋が疑問だった。鼓舞するためとはいえ…相手が魔の者とはいえ、戦争で犠牲になった者の弔いになるのか、と。


 ケルヴィンは背丈はごく一般的で、軽鎧で身を固めている。真黒な髪に、蒼い瞳が印象的。左頬の傷はこの戦でついたもので、時間をかければ治癒魔術で消せるが、それをする暇もない。


 十二神兵に与えられた、愛用の武器『十二神具』の槍、ガングニールは彼の代名詞。この槍で数多の魔族と怪物を討ち取ってきた。だが、それは正直、彼の本意ではなかった。


 ケルヴィンはその優しい心を押し殺し、戦争では最前線に立ち、魔族と怪物を薙ぎ倒していた。その、敵にも礼儀を持って戦いに臨むことから、専ら英雄と称されている。


「英雄なんてとんでもない…俺はただの殺戮者だ」

「…それでも胸を張れ。今のこの国にはお前が必要だよ」


 だが、ケルヴィンの心持ちとは裏腹に、魔族は無尽蔵に攻めて来る。このままでは兵たちの身心が持たない。奴らの狙いは天界への路か?天界の神々と、魔界の悪魔たちの因縁は根深いのだ。


 それに比べて、人間とは何と非力な生き物であることか。この種族差は永遠に埋まらない溝である。彼らは協力することで、何とか生を繋いできた。その縁が切れれば、脆い劣等種だ。


 戦も停滞状態に入り、ケルヴィンは自宅に戻る。心身ともに疲弊し、早く休みたかった。この生活になってから、買いだめておいた好きな本も読めていない。そこに一人の女性が待っていた。


「ただいま、変わりなかったかい、リエラ?」

「お帰りなさい、あなた。…また傷が増えたわね」

「どうってことないよ。君が無事ならそれでいい」


 リエラはケルヴィンの愛妻だ。この殺伐とした戦の中で、彼女といる時間が唯一の安らぎだった。リエラは温厚でケルヴィンのよき理解者だ。彼女の長いブロンドの髪は、皆を魅了する。


 そして、魔力を秘めたエメラルド色の瞳。以前は戦場に立っていた経験もある。これも職場結婚と言っていいだろう。しかし、彼女はケルヴィンの言葉を一つ訂正した。


「ふふ…君じゃないでしょ?もう、私たちには…」

「ああ!!そうだった、君「たち」だったね」


 彼女の中には新たな命が宿っている。ケルヴィンは、特別な信仰心のためではなく、この子のために戦っていると言っていい。あの戦の鬼がこの場では、一人の父親の顔を見せている。


「この子のためにも、早く争いの無い国にしなくちゃな」

「気を急いて、命を落としたりしたら駄目ですからね?」

「ああ、それだけは避けなきゃな。冗談でもなしに」


 この澄み切った青空を護るため、ケルヴィンは今日も戦場に立っていた。そんな時、聖王朝の大神官が不吉なお告げを聞いたという。そのため十二神兵が天帝の前に招集された。


「この度の度重なる、忌々しい魔族たちの襲来。その目的がようやくわかりました…。五感を疑いましたが…」

「目的?天界への侵攻じゃないのか?」


 大神官は今でも信じられないという。その表情は曇っており、その緊張感が、招集された十二神兵たちにも伝わる。事は想像以上に厳しいもののようだ。


「話すがよい。許す」

「ははっ」


 天帝が大神官に促すと、


「近い将来…魔族…いや、太古に滅んだはずの『悪魔』の長が何者かに宿り、黄泉返るというのです」

「あ…悪魔の…長の生まれ変わり!?」


 悪魔とは現在、聖王朝を脅かす魔族や、それ以上の力を持つ怪物とも比べ物にならない力を持った伝説の生物だ。だが、悪魔はこれまで、歴史の表舞台に出てくることはない。


 学者たちの中でも、空想の産物の可能性が拭い去れないとも言われるほど。どちらにせよ、その長ともなれば、強大な敵には違いない。問題はどのようにして黄泉返るかという点だ。


「その点に関しては全く分かりません。どのように生まれて来るのか…。予想としては、赤子の姿で生まれて来るのではと」

「に、人間として生まれてくるというのか!?」

「そんな…」


 だが、こればかりは先に知れて良かった。赤子を粛清するのは心苦しいが、これも世の泰平のため。先手を打てるではないか。だが、どの赤子がその悪魔かは識別できないのが問題だ。


 この話を聞いていて、青ざめている男がいる。当然誰あろう、ケルヴィンだ。もし、我が子が悪魔の子ならば…。口をつぐんでその場は解散した。


 それから、二カ月後。


『あぎゃあ!!あぎゃあ!!あぎゃあ!!』


「ああ…あなた…」

「リエラ!!よくやったな!!元気な男の子だ!!」


 ケルヴィンとリエラの間に息子が誕生した。ケルヴィンは興奮冷めやらぬまま、我が子を抱き上げる。そして、早速名前を付ける。生まれたら「何故か」この名を付けると決めていた。


「名は…『グリム』…グリムにしよう!!」

「奇遇ね…私もその名が良いと思っていたの」

「いいか、グリム。俺は君のために平和な国を護って見せる!!争いのない世界を生きるんだぞ!!」


 しかし。


 魔族たちの猛攻はそこまで迫っていた。この赤子。グリムこそが悪魔の長の生まれ変わりだった。偶然ではなく、名も同じ。こうして、この赤子は聖王朝、魔族双方から狙われることになる。


 そして、この子の人生が、まさに世界を狂わせていく。

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2024年12月1日 18:00
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