第17話:イメージ

夕陽に染まった魔法訓練所の石壁が、私たちの帰還を静かに迎え入れる。

足元に伸びる影は、もう随分と長くなっていた。

アリシアン副団長と僕は再び魔法訓練を始める。


「何でもいいから、魔法をイメージしろー!」


僕の数m後ろで、アリシアン副団長が声をかける。


(イメージ...イメージ...)


僕はアリシアン団長からもらったアドバイスを頭の中で反芻した。

ゆっくりと目を閉じる。

頭の中がクリアになっていく。


白いキャンバスのような真っ白な空間。

そこに、ゆっくりと複数の火の玉が現れる。

赤、青、白と色とりどりの火の玉たち。


先ほど見たアリシアン副団長の魔法だ。


そして、僕は目を開き、ゆっくりと深呼吸する。


フゥーーー


イメージは完璧だ。

僕はお腹に力を入れ、全身に宿る魔力を呼び覚ます。

体から魔力が湧き上がってくる感覚が分かる。


体温がどんどんと上がっていく感覚。

僕は初めてこの感覚を味わっているはずだが、何だか懐かしい気がしてしまう。


気付けば、僕は右手を前に出していた。

まるで魔法の発動方法を体が覚えているように。


僕は流れに身を任せる。

だんだんと体の熱が右手に向かって移動しているのが分かった。


後ろで「おっ!」と呟くアリシアン副団長の声が耳に入ってくる。

その声はどこか期待が滲んでいた。


僕はアリシアン副団長の声に押されるように、声を上げる。


「火魔法ファイヤーボーーー」


そう声を上げた瞬間、視界が歪んだ。

煙の匂いが鼻をつく。

まるで誰かが無理やり記憶を押し込んでくるように、私の意識はどこかへと引きずり込まれていったーーーー


◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎


炎に包まれる一室。

高級そうなソファやカーテン、全てに火が移っている。


「「「キャアアアアアア!!!!」」」


耳に響き渡る悲鳴。

視線の端々に、口を抑え、怯えた目でこちらを見て泣き叫ぶ世話係が複数いた。

中には甲冑を着た騎士団も混ざっている。


「カ....ナ....ン.........」


今にも消えてしまいそうな声が、僕の視線の下から聞こえる。

視線を落とすと、口から血を吐き出しながら、僕に抱きついている母上がいた。


「母....上.....」


ぐらりと母上が倒れる。

仰向けになった、母上の心臓には大きな穴が開いていた。

ドレスは元々赤く染めてあったかのように、夥しい血が染み込んでいる。

母上の顔に手を伸ばそうとした時に、僕は気づいた。


自分の右手が赤く染まっていることに。


「あぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!」


泣き叫ぶ声が全身から響いてくる。

僕の魂そのものを引き裂くように。


そして、その声で気づいた。

僕の全身が燃え盛るように熱いことに。


冷たく柔らかい感触が僕の頬に触れる。

触れられた場所から、チリチリと焦げ臭い音が聞こえてきた。


「カナ.....ン.......ーーーーー」


母上が何かを話している。

だが、その声は僕の泣き叫ぶ声で掻き消された。


◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎


現実が急速に戻ってくる。

肺に流れ込む空気が、まるで初めて呼吸をするかのように新鮮だった。


(何だ...今の映像は...)


突然頭の中を支配した映像から何とか正気を取り戻す。


「何してる!!

 途中で魔法を中断するな!!!!」


後ろから、アリシアン副団長の怒号が聞こえてきた。


(そうだ...僕は今魔法を発動しようとしてーーー)


アリシアン副団長の声に反応し、体にある魔力に意識を向ける。

右手に魔力を集中しているのが分かった。

どんどん。

どんどん。

制御不能な力が、まるで氷を割る轟音のように、腕の中で唸りをあげ始めた。


(このままじゃ...まずい...!?)


僕の右手が軋む音がする。


「おい!!

 さっさと手から魔力を抜け!!!!」


アリシアン副団長の怒声が僕の耳を刺激する。


「すみませんっ...!!!

 どうやって抜けばいいか分かりません...!!」


「ちっ!まじかよ!!

 2秒で良い!その状態を保て!!!」


「わかりました...!」


僕は歯を食いしばりながら、何とか右手に魔力を留める。

だが、その間もどんどんと魔力が右手に集まってきていた。


「ウォーターウォール!」


後ろでアリシアン副団長が魔法を発動すると、目の前に分厚い水の壁が出現した。


「後は俺に身を委ねろ!」


僕が水の壁に視線を向けた一瞬で、アリシアン副団長は僕の右手に左手を添え、右手を水の壁に向けた。


すると、右手に溜まっていた魔力がアリシアン副団長に一気に吸い取られていく。

そして、アリシアン副団長の右手から、特大の魔力砲が勢いよく飛び出した。


ドォォォォォンンンンン


地面を揺るがす轟音が訓練所全体を包み込んだ。

窓という窓が軋むような音を立て、私の耳の奥まで振動が響き渡る。


魔力砲は水の壁に向けて発射された。

水の壁を突き破るような勢いで魔力砲が水の壁に浸入していく。

だが、勢いは徐々に無くなっていき、水の壁が魔力砲を全て吸収した。


僕は力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「間一髪じゃねーか。」


そう呟くアリシアン副団長。


「あり...が...」


言葉の続きが喉の奥で消えた。

それでもアリシアン副団長には伝わったようで、小さく頷いてくれる。


「はぁ...やっちまったことは置いといて...

 何があった?話はそれからだ。」


そう言って、アリシアン副団長は僕に手を差し出す。


差し出された手を僕は見つめた。

この手を取れば、あの映像と向き合わなければならない。

だが、僕が逃げることは許されない。

震える指先で、私はアリシアン副団長の手を握り返した。


◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

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