第18話:幼き記憶
僕は魔法を発動しようとした時に、頭に流れてきた映像についてアリシアン副団長に話した。
映像は所々が曖昧で上手く説明できたかは分からない。
ただ、アリシアン副団長は僕の話に軽口を言うことも無く真剣に聞いてくれた。
「なるほど...
カナン、もう一回魔法を使ってくれないか?」
「え...」
思ってもみない提案に僕は驚く。
だが、アリシアン副団長の目からは何かを確かめたいという意志が伝わってきた。
「辛いとは思うが、やってくれ。」
アリシアン副団長の声が、重い鉛のように僕の背中に降りかかる。
だが、その力強い言葉に押され、僕はもう一度魔法を発動しようとしたーーーー
が、魔法を発動しようとする瞬間に、世界が歪んだ。
またあの映像が頭の中に流れてくる。
まるで、誰かに記憶を押し込まれているように。
そして、現実に戻るとまたしても、僕の魔法は爆発寸前。
そこにアリシアン副団長が急いでやってきて、僕の魔法失敗の尻拭いをする始末。
(本当にどうしたんだ...僕は...)
再び見たあの映像は1回目よりも鮮明に脳裏に焼きついている。
目の前で母上が亡くなっていく姿。
そして、大量の血が付着している右手。
この2つが意味していることは...
僕は最悪な想像に掻き立てられた。
息を吸おうとしても、喉が閉ざされたように空気が通らない。
部屋の輪郭が溶けていく。
足元から床が消えていくような感覚に、僕は必死で現実にしがみついた。
だが、重力が幾倍にも強まったように、体が地面に引き寄せられていく。
そして、僕は何かが途切れたかのように、その場に倒れ込む。
真っ暗で何も見えない。
遠くから「カナン!」と僕の名前を叫ぶ音が届く。
それは水中で聞こえる音のように、どこか歪んでいた。
意識が遠のくにつれ、その声は波間に消えていく泡沫のように、かすかになっていく。
そうして、僕の意識は暗闇に消えていった。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
Side アリシアン
夕暮れの影が長く伸びる頃、救護室の静寂を破ったのは重い足音だった。
俺は気を失ったカナンを救護室のベッドに横たわらせる。
誰もいなかったのは幸いだろうか。
運んでいる途中に回復魔法をかけてみたが、カナンが起きる気配は無い。
使った魔力量からしても、魔力枯渇が起きて気を失ったということはないだろう。
「やっぱり精神的な問題か...」
俺は先ほどカナンから聞かされた話を思い出す。
カナンが話した内容から察するに、カナンが王妃を殺しちまったという内容だ。
俺は思わず頭を抱える。
精神的な問題で魔法を使えなくなる事例は意外と少なくない。
仲間の死や魔力暴走事故の恐怖、様々なことが原因となって起こるものだ。
だが、その治し方が...
俺は倒れたカナンの顔を見る。
「テメーで乗り越えねーとな...」
自分以上の才能を持つ男にそう声をかけた。
コンコンコン
救護室の扉を叩く音が聞こえる。
「アリシアン副団長、第三部隊部隊長ペーター・アロリーナです。」
「どうぞー」
ガラガラと音を立て、ドアが開く。
「部下の訓練はもういいのかー?」
「問題ありません。
先ほど終了しましたので。」
アロリーナの返答に、「そうかい」と呟く。
「すまねーな。
こんなことになっちまって。」
「いえ、私はアリシアン副団長を信頼して預けていますので。
ただ...」
そう言って、アロリーナはベッドで寝ているカナンに視線を向けた。
静かな重い空気が救護室に流れる。
「今日の夜少し時間作れるか?」
「はい。」
「助かる。
ブライスとフラハードの2人も呼んでおいてくれ。
そこでちゃんと説明する。」
「わかりました。
では、失礼します。」
アロリーナはそう言って、救護室を出ていった。
俺は深い溜め息をつく。
カナンがこうなった原因は何となく察しはできる。
だが、色々と情報が不足しすぎているのも事実だ。
カナンの話だけを信じるわけにもいかない。
そう思い、俺も救護室を出た。
廊下を歩いていると1人の団員とすれ違う。
「副団長!お疲れ様です!」
元気の良い青年だ。
「ちょっと君、第三部隊補佐のフラハードを救護室に呼んでくれる?」
「承知いたしました!
ただいま呼んで参ります!」
「よろしくー」
手をひらひらと振り、俺はその青年を見送った。
「さーて、どうしようか。」
俺は何が最善策かを考える。
皇帝側の要望、ブライスの考え、カナンの状況。
カナンの状況はさっきの訓練での出来事で、アリシアンの脳裏でじわりと形を成していく。
さらに、ブライスの考えに沿う形の解決策も1つだけあるっちゃある。
ただ、カナン次第なところがあるが...
あと分からないことはーーー
カナンの話が本当かどうかってところだな。
「母殺しの悪魔...ねぇ...」
俺はカナンのあだ名を思い出す。
会って少しの時間しか過ごしていないが、あいつにそんな大層な悪名がつくほどの人間性はない。
これは断言できる。
確か10年前に母親を殺しちまったって話だが...
「ちゃんと知っておくことが必要そうだな...」
次にやることが決まった。
俺はあいつらに気づくように、ある魔法を発動させる。
この第六騎士団でもこの魔法に気づくことができるやつは1人いるかいないかだろう。
「面白そうと思ったら、めんどくさいことに巻き込まれたぜ...全く。」
俺は溜め息混じりの声を漏らした。
窓の外では、夕陽が建物の影に飲み込まれようとしていた。
まだ青みを残す空の向こうで、月が青白い光を放ち始めている。
交代する二つの光が作る境界線の中で、街並みがゆっくりとその表情を変えていった。
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Side ******
届いた魔法の残り香を指先で掴む。
俺はグラスに残った酒を一気に煽った。
氷の音が静かな店内に響く。
「めずらしいやつからの連絡だなぁ
何年振りだぁ」
夜が始まったばかりのバーには、俺とマスターの2人しかいない。
「どうかされましたか?」
「野暮用だぁ、それよりも今作ってる酒はマスターが飲んでくれぇ」
そう言って俺はポケットから代金をテーブルに置く。
そして、そのまま席を立った。
暗い路地に消えていく背中。
「さぁ、今回はどんな危ない橋を渡らせられるんだろぉなぁ、アリシアぁン」
俺は思わず口元を歪める。
久しぶりの依頼に血が騒ぐのを感じていた。
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