第16話:秘密の訓練

「おーい、カナン。

 真剣にやっているのか〜?」


「...やってます...!」


僕はアリシアン副団長の軽口に、歯を食いしばって答える。


「やってますって言っても、さっきから一向に魔法が発動してねーぞ。」


そう、さっきから何故か魔法が発動しない。

アリシアン副団長と秘密の訓練を始めて1時間は経つ。


その1時間で僕は一度も魔法が発動できていないのだ。

魔法が1つも発動できないという苛立ちが僕の心にどんどんと積もっていく。


つい4時間ほど前に、団長室でアリシアン副団長と秘密の訓練をすることが決まった。

そして、こうして今秘密の訓練をしているのだが...

出だしから最悪のスタートだ。


ハァ...ハァ...ハァ...


魔力の使用と魔法が発動できない焦りが僕を追い詰めていく。


「カナン、一旦休憩だ。

 タバコ吸いたい。」


「...まだ...できます...!」


「休憩ったら休憩だ。

 お前は過去に魔力暴走事故を起こしてる。

 それを制御するために、俺が見ているんだから納得しろ。」


「......はい。」


僕はその言葉に納得せざるを得ない。

そして、自分の力の無さに愕然とする。


訓練前にも、アリシアン副団長から説明されたが、魔力暴走事故の9割の原因は魔力制御が不十分とのこと。

つまり、己の力不足なのだ。


だからこそ、僕は焦っている。

僕の力不足が原因で魔力暴走事故を起こしたのなら、母上を殺してしまったのと同じだ。


そして、僕が早く力をつけないと、僕に心開いて迎えてくれた第六騎士団のみんなにも迷惑をかけてしまう。

最悪の場合、仲間が巻き込まれて死んでしまうかもしれない。


僕の心が軋む。


「暗い顔しすぎだバ〜カ。」


そう言ってアリシアン副団長は僕の頭を引っ叩く。

意識外から叩かれたため、かなり痛かった。

だが、その痛みが先ほどの暗い考えを一瞬だけ忘れさせてくれる。


顔を上げると、アリシアン副団長は魔法訓練所の扉へと歩き出していた。

そして、扉の前で立ち止まり、僕の方を見た。


「お前もくるんだよ。早くしろ〜。」


(えーーー....)


内心行きたくない。

僕は何とか誤魔化そうとすることに決めた。


「あのー、僕お手洗いに行ってーー」


「そんなの後で良いだろ。早くこ〜い。」


僕の下手な言い訳にアリシアン団長から間髪入れず、言葉が飛んでくる。

アリシアン副団長の誘いは有無を言わせない。


僕は諦めたように「今いきます!」と言って、アリシアン副団長の元へ走り出した。


◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎


休憩室のベンチに腰を下ろすと、アリシアン副団長はタバコに火をつけた。

真っ直ぐな白い煙が立ち上り、僕の鼻先を歪める。


アリシアン副団長は目をすぼめ、口から煙を吐き出した。


「アリシアン副団長、タバコって美味しいんですか...?」


僕は2人だけの空間に耐えられず、適当に話題を振った。


「あ〜、別に上手くも不味くもねーぞ。

 ただ体がタバコを求めてる。

 だから、吸ってるだけだ。」


「はぁ...」


「飯と一緒だ。

 食いたくなくても、食わないと死ぬだろう。

 それと一緒だ。」


「タバコは吸わなくても死なないんじゃ...」


「そういう正論はいーんだよ。」


ヘラヘラと笑いながら、アリシアン副団長はタバコに口をつける。

僕はその様子を見て、この人が本当に第六騎士団最強の男なのか疑いたくなってしまう。


(早く魔法の練習をしたいのに...)


魔法を全く使えないという焦りが、ふと僕の頭をよぎった。

そんな僕の姿を見てなのか、アリシアン副団長が話を始める。


「カナン、魔法ってのはどんなものだと思う?」


「え...」


予想外の質問に驚いた。

アリシアン副団長は、魔法の訓練をしている最中も、何一つアドバイスをしてこない。

むしろ、ずっと怠そうな顔を浮かべ、魔法を発動できない僕を横からずっといじり続けているだけだった。


「えーと...」


アリシアン副団長の質問に答えようと考えるが、中々言葉が見つからない。


「俺にとってはな、魔法はただの遊び道具だ。」


そう言って、アリシアン副団長は魔法を目の前で火魔法で火の玉を作り出した。

それは1つではない。

2つ、3つ、4つと増えていく火の玉。

深い青から燃えるような赤、そして真珠のような白へと色を変え、大きさも様々に変化していく。

まるで夜空に浮かぶオーロラのように幻想的だった。


「こうやって火の玉を作って踊らせても、水魔法で虹を作ってみるのも良い。

 俺にとっては、魔法は遊ぶもの。

 それ以上でもそれ以下でも無い。」


そう言って、アリシアン副団長は火の玉がダンスしているように踊らせる。

何かのリズムに合わせて、色や大きさが変化し、見ているだけで楽しくなるものだった。


「魔法はイメージの世界だ。

 心の中にあるイメージを具現化させてくれる。

 だから、そんな苦しそうな顔をせずに、もっと楽しそうに魔法を使え。

 それが始めの一歩ってやつだ。」


そう言って、アリシアン副団長は水魔法でタバコの火を消す。

先ほどまで楽しげなリズムを刻んでいた火の玉は、いつのまにか空気と同化し、目の前から無くなっている。


僕はこの一連の光景に衝撃を受けた。


(魔法は...イメージの...世界...)


さっきまでの訓練で僕は何をイメージしていたのか...


いや、何もイメージしていない。

むしろ、魔法そのものではなく、自分の焦燥感と戦っていた。

魔法を発動できる段階に達していない。

それがさっきまでの僕だ。


そう思った時に、ある光景が蘇る。

第三部隊の実践訓練で見た魔法。


そして、今目の前で見たアリシアン副団長の火の玉たち。

第六騎士団に配属されてから、僕は多くの魔法を見てきた。


そのイメージが僕の脳に記憶されている。


(今なら魔法が発動できる気がする...!)


僕は強く拳を握り締めた。


「いくぞー訓練再開だー」と言って、アリシアン副団長が歩き出す。


「...はい!」


僕は小走りで、アリシアン副団長の元へ向かう。

期待に胸を膨らませながら。


◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

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