第15話:最強の男
魔力測定から一夜明けた昼下がり。
食堂に漂う温かな匂いと、訓練後の充実感に浸っていた時だった。
「カナン。ブライス団長がお前を呼んでいる。
一緒に来てくれ。」
僕はフラハードに言われ、団長室まで連れてこられた。
「失礼します。
第三部隊補佐メリル・フラハードです。
カタノール・フォン・カナンを連れて参りました。」
コンコンコンと律儀に扉を叩き、入室の許可を求めるフラハード。
そして、数秒も経たない内に団長室の中から「入れ」と声が聞こえた。
その声に従い、フラハードと僕は団長室に入る。
重厚な扉を開くと、陽光に満ちた広々とした団長室が広がっていた。
大きな窓際に据えられた机に向かうブライス団長の背後では、王都の景色が一望できる。
そして、ブライス団長の机の前にある簡素なソファには、2人の人影が並んで座っているのが見えた。
1人は金髪のロングヘアーだったので、恐らくアロリーナ部隊長だと思うが...
もう1人が誰かわからない。
扉からは後ろ姿しか見えず、分かることは茶髪ということぐらいだ。
「フラハード補佐、案内ありがとう!
2人ともソファに座ってくれ。」
「「はい。」」
僕たちは促されるまま、アロリーナ部隊長の向かいのソファに腰を下ろした。
「あっ。」
僕は思わず声が出た。
なぜなら、アロリーナ部隊長の隣に座る人物の顔に見覚えがあったからだ。
茶髪で顎髭を生やし、筋肉質な男。
そう、僕が第六騎士団の宿舎を探していた時に、宿舎の場所を教えてくれた男だ。
僕の声に反応したように、男は眉をピクッと動かす。
そして、僕のことを知らんぷりするように、フイっと目線をそらした。
「カナン、どうした?」
「いえ、何でもありません。」
ブライス団長の言葉を僕は適当にごまかす。
その声を聞いて、茶髪の男は少しだけ口角を上げた気がした。
ブライス団長は「そうか」と言い、話を始める。
「今から話すことは内密にしてもらいたい。」
ブライス団長の声が低く響く。
一瞬で場に緊張の糸が張り詰めた。
息を潜めるように、全員が団長の次の言葉を待つ。
しかし、ブライス団長とは違う人物の声が次に聞こえてきた。
「団長。
俺は席を外した方がよろしいでしょうか?」
「いや、フラハード。
君も聞いてくれ。」
「わかりました。
場を乱して申し訳ありません。」
「大丈夫だ。
こちらこそいきなり重たい切り出し方をして申し訳なかった。
では話を続けるぞ。」
そう言って、ブライス団長は本題を話し始める。
「昨日カナンが皇帝から魔力の使用を禁止されていることが分かった。
カナンも知っていると思うが、魔力を使用できないと魔法を使えない。
これは第六騎士団で活動する上では致命的な欠陥になる。
だから昨日、皇帝にカナンの魔力使用許可をもらいに行ったのだが...
結果として、許可をもらえなかった。」
「...」
どうやら父上、いや皇帝は本気で僕を殺したいらしい。
分かってはいたが、気持ちが前向きになっていただけに、心にくるものがある。
「魔力を使えないなら、カナンを後方支援組に回すという手もあったんだが...
カナンは魔法の才に溢れすぎている。」
「団長、すみません。
少し話が見えてこないのですが...
それに魔法の才に溢れすぎているというのはどういうことでしょうか?」
歯切れの悪い言い方をするブライス団長に、フラハードが質問をする。
僕はそのやり取りを静かに見守っていた。
「そのままの意味だ。
カナンは昨日の魔力測定で、魔力容器を全て満たした。」
「す、全て...ですか...!?」
フラハードが見たこともない様子で驚いている。
「しかも、魔法も7属性全てに適性があるんだ。」
「全属性適性あり...ですか...」
フラハードの声は震え、呆然と目を見開いていた。
天才的な才能を目の当たりにした衝撃が、その表情に如実に表れている。
「カナン、これが常人の反応だぞ。」
アロリーナ部隊長が僕に向けて皮肉めいた言葉を投げた。
まるで、自分のおかしさを自覚しろとでも言いたげである。
「...はい。覚えておきます。」
その声には、自分の特異さを改めて思い知らされた戸惑いが滲んでいた。
ここまでのやり取りで、団長室には何とも言えない空気が流れる。
そんな雰囲気を察してか、ブライス団長が両手をパンッと叩いた。
「フラハードが驚くのも無理はない。
話を戻すぞ。
つまり、カナンにはぜひとも魔法を使って、前線で戦って欲しいというのが第六騎士団の幹部陣の意見だ。」
「...なるほど」
フラハードがブライス団長が何を言いたいか分かったかのように呟く。
「さすが、フラハード。察しが良くて助かる。」
(え、どういうこと...?)
僕はサクサクと進む話についていけず、戸惑ってしまう。
「ブライス〜
当の本人が何も分かってない感じだぞ。
ちゃんと説明してあげろ〜」
予想外のところから助け舟が出てきた。
茶髪の男が呑気な声でブライス団長に声をかける。
「あぁ、すまない。
ありがとうアリシアン。」
手をひらひらとさせ、話を進めろと合図を送るアリシアンという茶髪の男。
「カナン。
魔力を禁止したい皇帝と魔力を使って欲しい俺たち。
今のこの状況は分かるな?」
「はい。」
「お前には皇帝からの監視があるわけじゃないだろ。
だから、皇帝にバレずに魔力を使ってしまおうって訳だ。」
「え...でも、それって大丈夫なんですか?
皇帝の命に背いたら、罰とかがあるんじゃ...」
「バレたらまずいかもな...
だが、バレなければ問題ない。」
そうあっけらかんと言い放つブライス団長。
僕はその様子を見て、戸惑いを隠せない。
「それに!
皇帝が魔力の使用禁止を行った根本的な原因は、お前を殺したいからじゃない。
お前が過去に引き起こした魔力暴走事故が関係してる。」
その言葉を聞いて、ナイフで刺されたような痛みが僕に襲ってくる。
そんな僕の様子をお構いなしにブライス団長は続ける。
「魔力暴走事故の多くは、つきつめれば魔力の制御力不足だ。
だから、密かに練習して魔力暴走事故を起こす心配がないと皇帝に認めさせれば、魔力の使用禁止も解かれるかもしれない。
それまでは皇帝の禁止令を破るというわけだ。」
「......」
僕は喉が締め付けられるような感覚に襲われた。
15年間、絶対の存在として仰いできた皇帝に背くということ。
皇帝の命令を破る...
僕にその発想はなかった。
そして、「お前の才能はすごいから破ってでも使うべき」と言ってくれる人たち。
一線を越えることに対して、恐れと期待が入り混じった感情が渦巻く。
「安心しろ、カナン!
この中で、皇帝にちくったりするやつはいない。
それに俺からも何回も皇帝に使用許可をもらえないか嘆願してみる。
もし、バレて罰せられる時は、みんな一緒だ。
お前を1人にはしない。」
この言葉で僕の心は決まった。
「わかりました...!」
拳を強く握りしめ、僕は頷いた。
僕は皇帝の意志に背く。
そもそも、死んでこいと言ってくる人と生きろと言ってくれる人のどちらの言葉を信じるのか。
考えるまでもない。
僕は生きるためにこの第六騎士団で茨の道を進むと決めたのだから。
「カナン、ありがとう!
だが、皇帝に認めさせる前にバレてしまっては意味がない。
だから、バレないように練習する。
アロリーナ、説明を頼む。」
「わかりました。
まず、第三部隊の動きから説明しよう。
現在、午前が体力トレーニング、剣術訓練。
午後が実践訓練、魔法訓練が基本だ。
この魔法訓練は第三部隊全体で行なっているが、その時間になったらカナンは抜けてくれ。」
「わかりました。
でも、抜けたら何をすればいんですか?」
「そこからは俺が面倒をみてやる。」
アリシアンが僕の質問に食い気味に言う。
僕がポカンとしていると、アリシアンは続ける。
「自己紹介がまだだったな。
俺の名は、アリシアン。
第六騎士団の副団長だ。」
僕は頭に「?」が浮かぶ。
あのサボっていた男が副団長...
全くイメージが湧いてこない。
「安心しろカナン。
アリシアンはこの第六騎士団で最強だ。
それに...お前と同じ全属性に適性を持っている。」
アロリーナ部隊長の言葉に僕は唖然とする。
この男が最強....
「よろしくな、カナン。」
アリシアンは相変わらずの気だるそうな表情のまま手を差し出したが、その目には鋭い光が宿っていた。
最強と呼ばれる男の威圧感が、一瞬だけ部屋中を満たした。
僕はその手を意を決して握る。
「カタノール・フォン・カナンです。
よろしくお願いします。」
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