第9話:第六騎士団(7)
「あのトーマさん、これって何をしているんですか?」
僕は運搬荷物を運びながら、先ほど声をかけてくれた先輩の団員に聞いた。
「あぁ!!
これは魔獣討伐隊の負傷者や成果を運び込むための手伝いってやつだ!
よくやるからちゃんと覚えとけよ!!」
「そうなんですね。
ありがとうございます。」
僕はトーマさんの口調に、思わず身を縮める。
でも、その目は不思議と優しい。
僕はトーマさんの言う通り、自分が持っている荷物以外のものを確認する。
大きな台車、分厚い縄、そして周囲の視線を遮るための黒いテント。
さらには第六騎士団の厩舎から引き出された数頭の馬たち。
かなり大掛かりな荷物が運ばれている。
僕はその規模に違和感を覚えた。
なぜこれほどの装備が必要なのか。
その疑問は、やがて恐ろしい形で答えを見つけることになる。
「そういや、お前は魔力適性検査を受けてねーんだよな?」
「僕、昨日第六騎士団に到着したばかりで、まだ受けてないですね。」
「そうなんか。
今までの人生で一度も受けたことねーのか?
王族とかだと、15歳までの間にどっかで受けてそーだけどよー。」
「.......」
僕はトーマさんの質問に答える言葉が見当たらない。
過去のことを聞かれると、どうしても素直に答えることができないのだ。
僕が言い淀んだ様子を見て、トーマスさんが話しを続ける。
「あぁ〜、言いたいことはな、この運搬荷物を運んでる俺らは回復魔法が使えないんだ。
だから、お前が回復魔法が使えるんだったら、いの1番に城門へ向かった回復組に合流させた方が良いかなと思っただけだ!!」
そうぶっきらぼうに言葉を選びながら話す様子に、僕は無駄な気を使わせてしまったのだと
自覚する。
「気を遣わせてしまってすみません。」
「ちっ!気にすんな!」
そう言って、トーマスさんは後ろを振り向き、「さっさと運ぶぞ!」と声をかける。
僕は申し訳なさと共に、不思議な感覚に襲われていた。
第六騎士団という場所が与えてくれる、今まで経験したことのない温かさ。
その正体を、今の僕はまだ言葉にできない。
僕はこの得体の知れない感覚を胸に、城門へ歩みを進めていく。
すると、城門の方では既に人だかりができていた。
「おい、カナン。
こっからは気を引き締めろ。」
僕の肩をポンッと叩き、トーマスさんが声をかけてくる。
僕は「分かりました」と言おうとしたが、その出かかった言葉を飲み込む。
なぜなら、優しく語りかけてくれたトーマスさんの目つきは険しく、今から戦場にでもいくかのような雰囲気を醸し出していたからだ。
(ただの手伝いじゃない...)
そう僕の直感が告げている。
僕の体に一気に緊張感が走った。
「...気を引き締めていきます。」
そう言い残し、城門へ向かった。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
(何だこれ...)
僕は目の前の光景に言葉を失う。
場所は城門の外。
目の前には荷台に乗せられている傷だらけの魔獣討伐隊。
中には、腕がない者や足がない者、生気を失い廃人と化した人たちがいた。
その人たちは、僕よりも体が一回りも二回りも大きい屈強な肉体を持つ者たち。
(そんな人たちが、こんな姿になるなんて...)
「回復部隊は重症者から順に回復を行え!
一刻を争うぞ!!」
アロリーナ部隊長の指示が飛ぶ。
「カナン!
お前はこっちに来い!」
呆然としている僕に遠くの方で、トーマスさんが声をかける。
僕は声のする方へ走っていくと――
そこに佇んでいたのは、巨大な魔獣の姿だった。
ゴクリ...
喉が震える。
全身の血が凍りつくような威圧感が、その死体からも放たれていた。
太い縄で縛られた手足は、まだ生命の余温を残している。
血に濡れた毛皮からは生臭い匂いが立ち込め、かつて赤く輝いていたであろう瞳は今や曇り、虚ろに空を見上げていた。
全長10mを超えるような熊の魔獣から放たれる禍々しいオーラに僕は恐怖を感じずにはいられない。
今にも動き出しそうな雰囲気さえある。
「心配すんな。
これは死んでる魔獣だ。」
トーマスさんが僕の肩を叩き、そう告げる。
「俺たちで今からこの魔獣をカマタ商会まで運ぶんだ。
お前も手伝え。」
「...わかりました。」
僕はトーマスさんの指示に従い、トーマスさんと他の第三部隊の団員で、第六騎士団の施設から持って来た荷車に載せ替える。
載せ替えは、屈強な第三部隊の団員数十人でやっとだ。
(重すぎる...)
「おい、カナン!
お前ちゃんと身体強化魔法かけて運べ!
バランス崩れてめちゃくちゃ負担くるだろうが!!」
「あの...僕...身体強化魔法...まだ使えないんですけど...!」
僕は声を振り絞り、トーマスさんに返す。
「あぁ!!
じゃぁ、足手纏いだから出とけ!!
死んだ魔獣の匂いにつられて、他の魔獣が来ないか外見張ってろ!!!」
「...すみません。
ここはお願いします!」
「おうよ!!」
力不足。
そう自覚した瞬間、胸が締め付けられた。
だが今は違う。
緊急事態だ。
足手まといになるわけにはいかない。
僕は気合いを入れ直し、見張りへと向かった。
トーマスさんたちは、僕が抜けた場所を補うように持ち手を移動して、魔獣を持ち上げ、荷車に移動させていく。
僕はその光景から視線を切り、外に目を向けた。
城門の外は、牧草地のような草原が広がっており、見晴らしが良い。
僕はこの草原の奥の方に目を凝らす。
だが、魔獣らしきものは見当たらなかった。
死んでいたとしても、あの魔獣を見てしまった僕は何度も草原の奥を見渡し、魔獣がいないか確認する。
あの魔獣の恐怖が頭の中から離れない。
(もし、今あの魔獣が城門に迫ってきたら、どうなるのか...)
そんなことを考えるだけで、怖くて仕方がない。
目の前に『死』を叩きつけられた気分になる。
草原の端から端まで、視線が這うように動く。
何もないことを確認し、安堵の息を漏らす。
だが次の瞬間、また不安が押し寄せる。
この作業を何度繰り返しただろう。
強い魔獣を目にしたことで、世界の見え方が変わってしまったように思えた。
「カナン!こっち戻ってこい!
魔獣の運搬準備ができたから、カマタ商会に魔獣を持っていくぞ!!」
「はい。今向かいます!」
僕は最後にもう一度草原を見て、魔獣がいないことを確認してから戻った。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
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