第10話:第六騎士団(8)
僕は今人だかりができた城門の中に入り、魔獣討伐隊を護衛している。
城門をくぐると轟くような歓声が僕たちを待っていた。
巨大な魔獣の亡骸を目にした民衆の熱狂が、まるで波のように押し寄せてくる。
まさに英雄の凱旋。
だが、僕はその盛り上がりについていけない。
なぜなら、その魔獣で負傷した討伐隊の人たちを見てしまったからだ。
城門に集まった民衆は負傷した人たちを見ていない。
というのも、先ほどの城門の外での作業では、荷車に視線を隠すマントを付け、負傷者を民衆から見られないようにした。
なので、民衆からは討伐隊の名誉と言える巨大な魔獣の姿しか目に映っていない。
だからこそ、民衆はここまで盛り上がれるのだろう。
この討伐隊の先頭を歩くのは、第四部隊部隊長のマッド・スクーバル。
彼には、魔獣を討伐できたという喜びの表情はない。
スクーバル部隊長の瞳は、凍てついた氷のように冷たく、その奥に燃える怒りの炎が見えた。
それはスクーバル部隊長だけではない。
魔獣討伐部隊に参加した第六騎士団の団員も似たような目つきをしている。
そんな魔獣討伐部隊をよそに、民衆は盛り上がり、僕らを護衛を押し込んでいく。
「「スクーバル部隊長!!」」
「「魔獣討伐おめでとう!!」」
魔獣討伐部隊にねぎらいの言葉をかける声が鮮明に聞こえてくる。
群衆は押し寄せる波のように、護衛の隙間を縫うように前へ前へと詰め寄せてきた。
中には体を捻じらせながら私たちの防衛線をすり抜け、英雄たちに必死に声をかける者もいる。
「スクーバル部隊長!フォーザムの父です!
うちの息子は優しく強い子なんですが、家に戻ってくる度、スクーバル部隊長の話をするんです!強くて尊敬できる上司だって!
フォーザムはどこにいるんでしょうか?」
その声を聞き、スクーバル部隊長はピタッと立ち止まり、後ろにいた部下を呼び寄せる。
そして、部下に耳打ちをした後、スクーバル部隊長は歩き始めた。
「スクーバル部隊長!」とフォーザムの父が声をかけ続ける。
その横に先ほどスクーバル部隊長から耳打ちを受けた部下がフォーザムの父にあることを告げ、あるペンダントを渡した。
フォーザムの父の手からペンダントが転がり落ちる。
それは石畳の上で、か細い音を立てた。
次の瞬間、人々の歓声を引き裂くような悲痛な叫びが響き渡る。
その叫びは、息子を失った父親にしか出せない、魂を引き裂かれたような音だった。
だが、その叫びも数秒後には歓声に飲み込まれ、群衆に消えていく。
「よそ見すんな。」
その一連の様子を見ていた僕に、トーマスさんが話しかける。
トーマスさんを見ると、怒っているというよりも険しい表情で民衆を見つめていた。
「...こればっかりは慣れねーな...」
そうつぶやくトーマスさんを見て、僕はどんな言葉をかけるべきか分からない。
「......」
空を見上げると、夕陽が街を赤く染め始めていた。
その光は、まるで今日流された血を映しているかのよう。
僕はその光に目を細めながら、重い足を引きずるようにしてカマタ商会への道を進んだ。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
夕暮れの影が部屋を紫がかった闇で満たし始めた頃、僕は疲れ切った体を自室のベッドに投げ出した。
寝転んだ瞬間に、疲れがどっと体に襲ってきた。
訓練で疲れていたこともあるだろうが、それ以上に精神的なダメージが大きい。
あの後、僕はトーマスさんたちとカマタ商会に行き、魔獣討伐隊が討伐した魔獣を引き渡した。
魔獣を引き渡した後は第六騎士団の施設に戻り、魔獣討伐隊の荷物や装備の片付けを手伝い、本日の活動は終了。
そして、今に至るのだ。
城門で見た傷だらけの魔獣討伐隊。
今にも動き出しそうな死んだ魔獣。
魔獣討伐隊の表情。
自分の息子の死を知り、泣き叫ぶ父親。
その全てが僕の頭から離れない。
その情景を思い出していると、無意識に僕の体は震え出した。
屈強な肉体を持つ第六騎士団。
そのメンバーが無惨な姿になるほどの相手と戦う準備を僕はしないといけないのか...
そのことを考えると、胸が痛くなり、震えが止まらない。
僕は『強くなる』ことを甘く見ていた。
ブライス騎士団長が示してくれた道がどれだけ厳しい道なのかを、全く理解できていなかったのだ。
強くなる――。
その言葉は今、重たい鎖のように僕の足を縛り付けている。
誓いの重みは、進もうとする一歩一歩を押しとどめる。
この弱さは僕の一部なのか。
それとも、乗り越えるべき壁なのか。
答えが見えないまま、自己嫌悪だけが濃い影となって心に忍び寄る。
「カナン、いるか?
俺だ、トーマスだ。」
扉の向こうでトーマスさんの声がする。
僕はその声に少し安心した。
僕はベッドから降り、部屋の扉を開ける。
「いるなら返事しろや!」
そういって、トーマスさんは僕の頭を軽くこづいた。
僕は「すいません。」と言って、苦笑いを浮かべる。
トーマスさんは僕の表情を見て、軽いため息をつく。
「お前、一旦顔洗ってこい。
そんで、顔洗ったら食堂に来いや。」
トーマスさんは、そう言って食堂に向かって歩いていった。
「はぁ...」
僕は状況が掴めず、数秒その場に立ちつくす。
「早くしろ!」
「は、はい!」
振り返ったトーマスさんの言葉が廊下に響く。
僕はとりあえずトーマスさんの言う通りに動くことにした。
洗面所に行き、顔を洗おうと鏡を見ると、目元が少し赤く腫れているのが分かる。
(あぁ、僕はなんて臆病な人間なんだろう...)
自分を責めると同時に、僕はトーマスさんの優しさを実感した。
その優しさを無駄にしないためにも、僕は顔を洗う。
自分の心に巣食う恐怖を落とすように。
数回顔を洗っていると、目元の腫れが引いたのが確認できる。
僕はこれぐらいなら良いかなと思い、顔をタオルで拭いて食堂へと向かった。
食堂へと向かう途中、騒がしい音が耳に入ってくる。
どこかの部屋が騒いでるのかなと思ったが、食堂に近づく度にその音は大きくなっていく。
(食堂で何が起こってるんだ...?)
そう思いながら食堂の扉に手をかけ、食堂を覗く。
そこには思いもよらない光景が広がっていた。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
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