第4話:第六騎士団(2)

外見のイメージから想像できないほど、部屋は小綺麗なものだった。

王宮の自室に比べたら、もちろん見劣りはしてしまうが、仕方のないことだろう。


僕は抱えていた荷物を下ろし、自室を整理する。

そして、自分のだと思われる机に、持ってきた私物を置いていく。


この部屋は、2段ベッドが1つと、人数分の机とイス、クローゼットがあるだけの簡素な部屋だった。

広さは王宮で使用していた自室の1/4ほど。


だが、それほど窮屈な印象はない。

同じ部屋の人がいるとそうではないかもしれないが...


「僕の寝床は...上か。」


なぜなら、2段ベッドの1段目には、誰かが使っている痕跡があったからだ。


とりあえず、同じ部屋の人に迷惑がかからない程度に、荷物をまとめ、クローゼットにも自分の服を入れていく。


そして、一通り荷物の整理がついた頃、窓の外に目をやると、既に陽が落ちかけていた。


(意外と時間がかかったな。)


最低限のことを終わらせ、やることがなくなった僕は2段ベッドのハシゴに登り、僕のベッドであろう場所に寝転がる。


2段ベッドで寝るのは初めてだが、想像していたよりも寝心地の良い感触に驚く。


僕はその快適さに身を任せ、そのまま目を瞑り、今日起きたことについて考えを巡らした。


皇帝に第六騎士団配属を任命されたこと。

自分は死ぬことを望まれていること。

その運命を受け入れ切れていないこと。

そして、心の整理がつかないまま、第六騎士団の宿舎まで来てしまったこと。


本音を言うと、死ぬのが怖いし、僕のことなんて放っておいて欲しい。

だが、そんなことも言ってられないのが皇族というものだ。


この国を治めるのは、皇族の役目であり、皇族の血を引くだけで政争に巻き込まれる危険性が非常に高い。


帝国の治世が乱れていると、遠ざけられた皇子が反乱の旗印にされ、今よりも悲惨な運命を辿ってしまう。


200年前、野心に溢れすぎて左遷された末の皇子が、貴族たちに唆され、大規模な反乱を起こしたという歴史がある。


さらに100年前には、野心の欠片もない無欲の末の皇子が、貴族の傀儡となり、10年に及ぶ大反乱が起こった。


たとえ無欲な皇子だったとしても、邪な考えをもつ貴族と乱れた治世が合わされば、反乱の旗印にされかねない。


幸いにも、今の帝国の治世は乱れていないが、現皇帝の死後にどんな未来が訪れるかは誰も予想がつかないだろう。


そう考えると、政争を引き起こすような火種は、消すことが1番安全なのだ。

たとえ僕が皇帝だったとしても、そのように判断をする。


だから、僕は第六騎士団に配属させられたのだ。

皇族の厄介者を正当性を持って葬るために。


「皇族を邪魔だから暗殺しました」では、現皇帝が『邪魔者は殺す』というメッセージを民衆に伝えているようなものであり、恐怖で国を治めることになる。


これでは、民衆が納得する国の統治はできない。


そうならないために、皇族の慣習の意図を捻じ曲げぬように僕を第六騎士団に送っているのだ。


死亡率の高い第六騎士団に送れば、国のために戦って死んだという名誉を手にして、争いの火種を消すことができる。


恐らく、僕の父である現皇帝は、そのように考えているのだろう。


その意図も分かっている。

分かっているが...そんな簡単に「はい、分かりました。国のために戦って死んできます。」と割り切れるものでもない。


母上が僕を守り、亡くなってから、僕の人生に道はない。

これが僕が負った罪の代償なのだろうか。


そんなことを考えていると、心臓が何かにギュッと掴まれている感覚がした。

外傷はないのに、胸が苦しくなる。


その痛みと共に、僕は眠りについた。


◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎


「おい。」


「おい、起きろ。」


「起きろ、新入り!」


そんな言葉が僕の意識に入ってきて、僕は目を覚ました。

その声のする方を見ると、そこにはメガネをかけた七三分けのいかにも真面目そうな男が僕の顔を覗いていた。


「声をかけたらすぐに起きろ、新人。」


「はい。すみません。」


寝起きでいきなり怒られるのは、少し落ち込む。


「とりあえず、降りて晩御飯を食べてこい。

 ここの宿舎に住んでいる騎士団員は全員食べ終わって、あとは新人だけだとフエ婆が心配していた。」


「そうなんですね。すみません。」


そう言って窓の方に目をやると、外は月が煌々と輝いており、辺りは暗くなっていた。


(思ったよりも寝ていたな。)


今日の一連の出来事で疲れていたのだろう。


そう思い、僕はベッドから体を起こし、2段ベッドのハシゴを下っていく。

いつの間にか、同じ部屋の人は自分の椅子に座り、机で何かを書いていた。


僕はどこか気まずい雰囲気のまま部屋の扉を開け、食堂に向かおうとする。


そして、ちょうど扉を開けた時に後ろから声が聞こえてくる。


「俺は第六騎士団第三部隊補佐のメリル・フラハードだ。

 フラハードと呼んでくれ。」


「僕は本日より第六騎士団に配属されたカタノール・フォン・カナンです。

 カナンと呼んでください。

 よろしくお願いします。」


「あぁ、よろしく。

 お前は皇族であることは第六騎士団の団員は全員知っている。

 だが、この第六騎士団では身分なんて関係ない。

 命を共に預け合う仲間であり、それ以上でもそれ以下でもない関係性だ。

 こちらからお前を気遣いはしないし、お前も無用な気遣いはいらない。

 それだけは覚えておいてくれ。」


そう言うと、フラハードは机に向き直り、再び何かを書き始めた。


僕はフラハードが言ったことに、上手く言葉が出てこない。


「はい......よろしくお願いします。」と曖昧な言葉を残して、僕は足早に食堂へと向かったのだった。

どこか温かい感情が心の奥底から湧いてくるのを抑えながら。


​​◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

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