第3話:第六騎士団(1)
僕は呆気にとられていた。
もちろんそれは、ハリファの最後の言葉。
あの無表情を決め込んでいるハリファから、あのような言葉が出てくるとは思わなかった。
しかも、『始祖様』ではなく、『メアリー様』とわざわざ直していたのだ。
帝国の送る言葉として、「始祖様のご加護があらんことを」を使うことが一般的なのに、それをあえて『メアリー様』と言った。
メアリーとは、何を隠そう僕の母上であり、魔力暴走事故で僕を守り、亡くなった第五王妃のこと。
そのせいで僕は、「母殺しの悪魔」と呼ばれているのだが...
ただ、その母の加護を願う祈りは、僕にとってはただの呪いの言葉にしか聞こえない。
母上はまだ若かったと聞く。
これからの人生をもっと生きたかっただろう。
だから、僕も先ほど母上の墓標の前で、加護をくださいとは言わなかった。
言えるなら言いたい。
ただ、その言葉を僕はどうしても言えなかった。
自分が母上を巻き込み、そのせいで母上は命を失ったのだから。
だからこそ、分からない。
なぜハリファが『メアリー様のご加護があらんことを』と言ったのか。
ただいつもと違ったこともある。
それは、ハリファが僕に告げた声が、いつもの無機質なものとは違い、感情の込もった暖かい言葉のように感じたことだ。
僕は引っかかる想いを胸に、ハリファに見送られながら、宿舎へと歩き出したのだった。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
「いや、どれだけ歩くんだ...」
宿舎の門を潜ってから軽く20分は歩いている。
真っ直ぐ行けば宿舎があると言われてきたが、全然宿舎に辿り着かない。
てっきり、5分ほどで着くのだと思っていたから、どこか疲れた気分になる。
すると、目の前にしゃがみ込んで座っている人影が見えた。
茶髪であご髭を少し生やした筋肉質の男である。
その男はタバコをふかしながら、天を見上げており、僕が知っている騎士団とは似つかわしくない風貌をしているのが印象的だった。
(この施設内にいるということは、おそらく第六騎士団の団員だろう。)
僕は中々宿舎に着かないという不安があったので、その人に話しかけ、宿舎の場所を聞いてみることにした。
「あの〜、ちょっとよろしいでしょうか?」
その人は僕に声をかけられ、ビクッと体を震わせた。
「やべ、バレた!ってあんた誰だ?」
(さぼっていた団員なのかな...)
僕はその人の反応と言葉で、瞬時にそう思った。
まぁ、僕の知ったことではない。
「僕は今日からここでお世話になる者ですが、宿舎の場所が分からず困っておりまして。」
「なんだ新入団員か。驚かすなよ...
で、宿舎の場所だったっけ?
宿舎はこの道を真っ直ぐ行ったら着くぞ。」
「え。」
僕は思わず、声に出してしまった。
なぜなら、その人がこの道だと指差した方向は、なんと僕がやって来た道だったからだ。
「あの、僕この道を真っ直ぐきたんですけど、宿舎っぽい場所はなかったですよ。」
「そんなことはねーぞ。
お前どこのお上りさんだよ。
あんたがこの道を来たって言うんだったら、道沿いにぼろっちい長屋があっただろ。
そこが、第六騎士団の宿舎だ。」
僕は少し前の記憶を遡る。
この人の言うように、5分ぐらい歩いたところに古い木造の長屋が何軒かあったはずだ...
だが、壁には蔦が生い茂っており、かなり年季が入った建物だったはず。
その風貌を見て、僕は宿舎ではないと勝手に判断した。
「あの長屋が宿舎なんですか...」
「そうだぞ。
どうせ『ぼろいから、宿舎じゃないだろー』とか思ってただろ?」
「まぁ、はい...」
「正直か!
まぁ、中は割としっかりしてるから住むには困らねーよ。」
「そうなんですね。」
そうは言うが、見た目からはどうしても信じられない。
ただ、ひとまず宿舎が分かったので、僕はそこに向かうことにした。
「教えていただきありがとうございます。」
「良いってことよ。」
そう言って、その男は手をヒラヒラさせて、タバコを吸い始めた。
そして、僕が来た道をもう一度戻ろうとすると、その男の声が聞こえてきた。
「それと、俺がここにいたってことは内緒な!」
「善処させていただきます...多分。」
僕はそう返して、来た道を進み始める。
後ろでは、「絶対だぞ〜」と大きな声が聞こえてきた。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
僕はあの男の言うように、来た道をひたすら戻っている。
にしても、先ほど会った男は僕が知ってる騎士団とはかなり違っていた。
僕が今まで見た騎士団は第一騎士団と第二騎士団の2つだ。
彼らは規律を重んじ、常に警戒を怠らず、言葉遣いでさえ隙を見せない厳格な雰囲気があった。
だが、先ほどの男はその様子とは全く当てはまらない。
気怠げで砕けた言葉遣い。
僕はその姿が少し新鮮に感じたと同時に、第六騎士団に一抹の不安を感じた。
そんなことを思いながら歩いていると、僕が素通りした宿舎が見えてきた。
団員らしき男に言われたが、改めて見ても、本当に人が住んでいるのだろうか?と疑いたくなるレベルで、年季が入った建物だ。
僕は5つほどある長屋の中でも、1番大きい長屋を見つけ入っていく。
入ってみると、中は団員らしき男が言っていたようにかなり綺麗で、木造建築らしい趣があった。
入り口のすぐ横には部屋数分のポストがあり、大きな靴箱まで用意されている。
(ここが今日から過ごす場所なのかな...?)
しばらく玄関周りを見ていると、奥の方から誰かがやってくる足音がパタパタと聞こえる。
「いらっしゃい。どちら様ですか。」
その声の正体は、優しい顔をした白髪の老婆であった。
身長は僕の胸ぐらいだろう。
僕の身長は160cmを少し越えたぐらいであり、男としては低い方だ。
なので、それよりもさらに小さい老婆に少し驚いてしまう。
「本日より、こちらの第六騎士団でお世話になります、カタノール・フォン・カナンです。」
「あぁ、あなたがですか。もちろん聞いておりますよ。
わたしは、第六騎士団の宿舎の管理をしているフエル・タナデルと申します。
第六騎士団の皆さんからは、フエ婆と呼ばれているので、フエ婆と気軽に呼んでください。」
優しい声音の中にも、どこか気品を感じる話し方をされる老婆だなと思った。
「はい、本日からよろしくお願いいたします。」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いいたしますね。」
お互いにお辞儀をして、簡単な挨拶を済ませた。
「カナンさんがこちらに来られたら、手紙を渡して欲しいと第六騎士団長から頼まれておりまして、今お渡ししてもよろしいですかな?」
「あ、はい。問題ありません。」
僕はそう言って、フエ婆から第六騎士団長からの手紙を受け取った。
中身を見てみると、
『この宿舎に荷物を預け、明日から活動できるように準備せよ。活動は明日の8時半、A棟の騎士団長室に来てくれ。そこで第六騎士団に関する説明を行い、第六騎士団の団員として活動してもらう。』
と書かれてあった。
僕はその手紙を読み終え、フエ婆に感謝を伝える。
「お手紙誠にありがとうございます。しかと頂戴いたしました。」
「ほほほ、礼儀正しくて嬉しい限りです。
では、この宿舎と第六騎士団の施設について簡単に説明しますね。」
そう言って、フエ婆は僕に宿舎の仕組みやこの施設の全体像について、説明してくれた。
どうやら僕が宿舎と思っていた場所は、第六騎士団の訓練施設や仕事場を全て含めた場所なのだそう。
ここに来る途中で、宿舎にしては明らかに広すぎると感じていたが、納得がいった。
そして、多くの団員がこの宿舎で寝食を共にしているという。
さらに、部屋は2人1部屋だそうだ。
それは皇族である僕も関係ないとのこと。
僕はフエ婆から一通りの説明を聞いた後、質問する。
「あの、僕の部屋はどこなのでしょうか?」
「あぁ、207号室でございますよ。掃除も完了していると、同部屋の方から聞いておりますので、本日から泊まってください。それと、お夕食の際は、奥の部屋に食堂があるので、そちらに来てくださいね。暖かいご飯を用意して待っておりますので。」
「何から何までありがとうございます。」
「いえいえ。
改めて、第六騎士団へのご入隊おめでとうございます。
明日から忙しくなりますが、頑張ってくださいね。」
僕はその言葉を素直に受け取ることができなかった。
せめてもの気持ちとして、会釈だけ行う。
フエ婆には、おそらく僕を皮肉る気持ちなんて一切ないだろう。
それは、フエ婆の優しさに満ちた笑顔を見れば分かる。
ただ、僕はまだその言葉を受け取れるだけの心の整理がついていないようだ。
(気持ちの整理がついたと思ってたんだけどな...)
そんな気持ちを心にしまい、僕は自分の部屋である207号室に向かった。
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