社会の底辺に沈む中年男、末期の病を告げられSSS級ダンジョンで死を選ぶ…だが最強の共生体と融合し、人体の遺伝子ロックを解き放ち、超絶強者となる!

フカヒレ

第1話 ダンジョンで死を選ぶ男


宮本次郎――社会の底辺で喘ぐ中年の男。


ある朝、自宅を出る前にポストを確認すると、弁護士から養育費の催促状が届いていた。

請求額は到底払えるものではなかったし、そもそも、その子供は自分の子ではなかったのだ。

書類を手に取ると、宮本はそれをカバンに放り込み、苦笑いを浮かべた。顔には疲れがにじんでいる。


会社に着くと、藤原社長が待っていましたとばかりに不満をぶつけてきた。

「お前なんかいなくても、会社は回るんだよ!」

「給料泥棒が!」

「平成世代の負け犬だな!」


15分にわたる叱責の後、宮本は何も言わず社長室を後にした。彼には非がなかった。

むしろ、この半月は無償で残業までしていたのだ。それでも、ただ耐えるしかなかった。

自分のデスクに戻り、宮本は黙々と仕事を続けた。


この仕事を手放すわけにはいかない。どれだけ屈辱を受けても、耐えるしかないのだ。

定時をとうに過ぎて、ようやく帰ろうとエレベーターに乗ったその時、人事部員たちの密談が耳に入った。


会社がリストラを計画しているらしい。

そして彼らは、自分の名前を口にしていた――そう確信した。

「これ以上悪くなりようある?」


外は冷たい雨。

濡れた身体を引きずるようにして、宮本は友人・田中の家を訪れた。2年前に貸した300万円を返してもらおうと、今年3度目の訪問だ。

当初、田中は「1ヶ月以内に返す」と約束していた。


だが田中は、経済の不況を理由に言い訳を並べ立てた。

結局、今回も金はないという結論だった。


宮本は目の前の新築住宅に視線を向けたが、何も言わず帰ることにした。

言葉が下手な自分に、田中を言い負かせる自信などなかったのだ。


帰宅後、宮本は冷蔵庫からビールを取り出し、一人静かに飲み始めた。この最悪な1日を忘れるには、それしかないと思えた。

だが突然、めまいに襲われた。最近頻繁に起こる症状だった。

数日前、精密検査を受けたばかりだ。


そんな時、電話が鳴った。

「宮本次郎さんですね。こちら花雨病院です。」

「……はい。」

「検査の結果ですが……」

「…………」


「助からない、ということですか?」

「ポジティブに治療を受けていただければ、可能性はゼロでは……」

「余命は?」

「………3ヶ月もてば良い方かと……」


電話を切ると、宮本は真っ赤な目でビールを一気に飲み干し、そして叫んだ。

「このクソみたいな人生が!!」


……………………………………

翌朝、玄関先で泥酔状態から目を覚ました宮本は、ついに人生最大の決断を下した。

自分のためだけに生きよう。何の縛りも恐れもなく、ただ自分のために。


その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、そこには元妻・杏子の姿があった。

「弁護士からの書類、届いてるわよね?」

彼女の言葉を無視して、宮本はカバンから書類を取り出すと、その場で破り捨てた。

「クズね、ほんと。こんなことしても無駄よ。支払わなければ法廷で会うことになるだけだから」

「楽しみにしてるよ」

冷笑を浮かべた宮本は、杏子の横を通り過ぎる直前に一言放った。

「そうだ、結婚前にお前と小野がやってたこと、全部知ってるぞ。必要なら、その証拠をネットにばら撒いてやるさ」


「あと、雄太は小野の子供だろ?養育費はそいつに請求しろ」

もちろん、そんな証拠は存在しない。

しかし、残り3ヶ月の命しかない人間が、言いたいことを言えない理由なんてどこにもなかった。


会社では、宮本はいつもより30分遅れて出社した。

入口では藤原社長が待ち構えており、険しい目つきで宮本を睨んでいた。


しかし宮本は一切気にせず、彼を名前で呼び捨てにした。

「藤原」

その瞬間、藤原は一瞬面食らった。その隙を逃さず、宮本の拳が藤原の顔面を直撃した。

「てめぇの言う努力ってなんだ? ふざけんなよ!」

倒れ込む藤原にさらに拳を振り下ろし、蹴り上げる。周囲の社員が駆け寄るが、宮本は冷静に吐き捨てた。

「俺が欲しいのは、定時退社と最低限のリスペクトだ。それすら手に入らないなら、こんなクソ会社なんて消えちまえ!」

「俺は辞める!」


宮本が会社を去るとき、社員たちは静かにその姿を見送った。

中には、スッキリとしたような、どこか羨むような表情を浮かべている者もいた。


会社を出た宮本はタクシーを拾い、スーパーで包丁を一本購入した。そのまま田中の家へ向かう。


田中は宮本を招き入れるなり、またもや経済の悪化について愚痴をこぼし始めた。

宮本は微笑みながら、検査結果の書類と包丁をテーブルに置いた。

「田中、これがどういう意味か分かるか?」

「お前には30分の猶予をやる」

「死を覚悟した人間が、どんな決意をするか想像してみろ。」


田中は青ざめ、慌ててあちこちに連絡を取り始めた。そしてついに、宮本に300万円を用意した。


現金の詰まったバッグを肩にかけ、宮本は家を後にした。

「これが、自分のためだけに生きるってことか。悪くない」


暖かな春の日差しの中、宮本は心斎橋のダンジョンに向かった。

最後の望み――遺伝子解放者となり、ダンジョンに入るためだ。


自分がダンジョンで生き延びる可能性はほとんどない――それは分かっている。

確率にすれば0.1%にも満たないだろう。


それでも、死ぬ前に、自分の目で一度は見てみたい景色があった。

これまで配信でしか目にすることのなかった、あの壮麗な光景を。

宮本にとって、それは「やり残したことリスト」の最優先事項だった。


心斎橋近くのダンジョン入口は、橙色のビルの中にあった。

ビルに入った宮本は、ダンジョン探索資格証の発行費用として100万円を支払った。

免責事項に署名した後、ナース服のスタッフが「遺伝子誘導薬」を宮本の体に注射した。


これは、ダンジョン探索者に登録した際の「特典」だ。

しかし、この薬には非常に強い不安定性と致死性がある。

日本国内にダンジョンが広がって6年間、この薬を注射したことで直接・間接的に死亡した人間の数は、驚異的な567.33万人に達している。これは注射を受けた人々の92%に相当する。


「おじさん、薬が体内で活性化するのは、体質によって1~3日以内です。強い遺伝子解放者になれますように」

ナース服のスタッフが一言そう告げて立ち去った。


その後、宮本はスタッフに連れられて地下6階に直通するエレベーターに乗り込んだ。


心斎橋のダンジョンには、6層の異空間が存在する。

宮本が第6層の異空間に入ることを選んだ理由は単純だ。

Y社(ダンジョン配信最大手プラットフォーム)で登録しているSSS級冒険者――フォロワー数972万人を誇るダンジョン配信者が、よくこのコードネーム「ウェイスグロ」のダンジョンで配信をしていたからだ。


死ぬ前に、どうしても自分の目で、この印象深いダンジョンを見てみたかった。


エレベーターの扉が開くと、目の前には水族館のガラス通路のような回廊が広がっていた。

異空間の入口にある柵の前で、門番が宮本を興味深そうに見つめていた。

「スーツにネクタイを締めたメガネのおじさん?」

「奇妙だな、いつから遺伝子解放者はこんな社畜スタイルになったんだ?」

「おいおい、まだ遺伝子誘導薬が活性化していないんだろう?そんなに急いでダンジョンで死にたいのか?」


相手から遺伝子強者としての恐ろしい気配を感じ取ったが、それでも宮本は冷笑しながら反論した。

「お前には関係ない」


その後、宮本は1分前に取得したばかりの探索資格証を相手に見せた。

凶暴そうな門番は怒ることもなく、宮本にダンジョンガイドブックを渡しながら言った。

「お前が入ろうとしているのは、コードネーム“ウェイスグロ”の異空間だ。これはSSS級ダンジョンで、入場料は200万円」

宮本は現金の入ったブリーフケースをそのまま相手に渡し、そして迷うことなく、明滅する空間転送ゲートへと向かった。

「何も持たずに入るのか?」

門番は、おそらくこんな準備不足のままダンジョンに入る者を初めて見たのだろう。少し好意的に声をかけてきた。


宮本は左足をすでに転送ゲートに踏み入れていた。振り返りながら静かに言った。

「生きて戻るつもりはないしね……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

社会の底辺に沈む中年男、末期の病を告げられSSS級ダンジョンで死を選ぶ…だが最強の共生体と融合し、人体の遺伝子ロックを解き放ち、超絶強者となる! フカヒレ @sharkfin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ