転-Falling Action【下降展開】

 さらっと「ま、放っておいても、人間は設計者デザイナーに採用されると思うけどね」と付け加えつつ、何の力みもなく迷いもなく彼女は言ってのけた。

 お気に入りのカップに目を細めながら。

 戦争の行く末を予測して知っていただろうに。


 彼女と会って話したのはそれが最後で、その次はオンライン通話だった。


 ――「ふっふっふ、聞いて驚きたまえ。何って? 完成したよノアの箱舟が――って、実は五分五分なんだけれどね。

 流石に時間もサンプルも何もかもが少なすぎてさ、結局、多分これかなあって感じに……いや、偉そうには言えないねえ。


 だけど、直感だとコレでイケる気がする。設計者デザイナー規格プロトコルへと変換する翻訳プログラムコンパイラがさっき出来たところで、目下データの大変換大会コンパイル中さ。

 それにしても『祈り』なんて不明確千差万別なものの中に規格プロトコルがあるとはね。乱雑な機械マシン語の海で一から翻訳言語を創造する心境だったよ、あー疲れたぁ。


 これ、完了したら君へと送るから、念の為に保管しておいてくれないかな? 何なら中身を覗いて、追記してくれてもいいよ? ちゃんと翻訳プログラムコンパイラも一緒に送るからね。

 こういうのはやっぱ保険をとっておくべきだと思うんだよ。で、現在地球の裏側にいる君に白羽の矢が当たったわけさ。


 まあ、全ての予測が外れて、何もかもが無駄手間になったら、コレを肴にして二人で飲もう」――


 軽くウインクをして見せて、「全部無用の長物になるのが、一番良い結末だからね」と、地球の裏側で彼女は微笑んだ。


 そう、で。


 今はもう、大陸ごと焼き払われてしまった、地球の裏側、で。


 、っと揺れる。


 一定の振動だった地面が、電車の連結でもあったかのように、

 ズレたと言ってもせいぜい数センチメートル程度の話だとは思うが、その意味合いは、おそらく、大きい。

 地球内部のマントル、外核の流出量が閾値を超えたのだろう。


 となれば、いよいよ爆発か。


 目を、自分の手元へと落とす。

 掌の内にあるスマートデバイスのディスプレイを点灯させ、ロックを解除。

 数あるアプリアイコンの中で、彼女から預かったアイコンを探す。


 彼女のメールによると、翻訳プログラムコンパイラにさえかければ、後は生成されたファイルを実行するだけ。

 現在は地球の滅亡であって宇宙の終焉ではないのだが、ファイルを実行すればされ、全ての終焉時しかるべきとき展開され読み込まれて、リスタート後の世界に適用される。


 らしい。


 だから、後はファイルをタップするだけだ。

 彼女から受け継いだファイル、handover_hope引き継ぎ・希望.exeを。

 私が翻訳変換コンパイルしたファイル、handover_nope.exeではなく。


 ……。


 ……許せない、のだ。


 彼女を蔑んだ人々も。

 自分本位に攻め合ってこの星をも滅ぼした人々も。


 何より、設計者デザイナーとやらを。


 彼女の自論では、設計者デザイナーは世界に関与している。それは、作為と考えた方が妥当なほどの、あまりに不自然な偶然が歴史上に見受けられることを根拠としていた。


 ならば、地磁気の流れは綺麗な漏斗になり、それに留まらず渦まで巻いて太陽風を余すところなく集約し、一方で太陽では数万年に一度レベルの太陽フレアが唐突に発生し、彼女の居た地球の裏側を吹き飛ばした太陽風集約投射機構ソルフレア・ブラスターが、それに当たらないと誰が言えようか。


 設計者デザイナーは、彼女を焼き払ったのだ。

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