幕間 元凶
第23話
1 名無しのA
20●●/10/13(●)00:27.13
これは、私が小学一年生のころに見た夢のお話になります。
当時の私は、M県の某市に家族で移り
移住の理由は、父の転勤でした。よくある話です。住まいは平屋の社宅で、確か、十軒ほど同じような家が建ち並んでいたように記憶しております。
家族といいますのも、父と母、私と妹、それから祖母の五人でございました。
とても、仲の良い家族でございました。
偶然、同じ時期に叔母家族も同じ社宅郡の裏の家に移り棲みましたから、従兄弟達とともに大層楽しい田舎暮らしを満喫しておりました。ええ、母姉妹がいわゆる社内結婚をいたしましてね、絵に描いたような仲良し親戚でした。夏によく再放送されるアニメ映画のようなね、ふふ。
――さて、そうして一年が過ぎ、私は地元の小学校に入学いたしました。田舎の小学校ですからね、制服がわりに毎日着させられたのは、たいそう色鮮やかな緑色のジャージでね、女の子としてはあまり歓迎したいものではありませんでしたが、学校の規則ですからね。仕方ありません。
仮に、T小学校――としておきましょうか。
仕方なかったのは、担任の先生の当たりがよくなかった、というものも含まれましたでしょうか。
身体の大きな、女の先生でした。
髪は短く切られていて、女性なのだか男性なのだか、ちょっとわからないような威圧感のある方でした。
ある日の昼休み、そう、ぶらんこで遊んでいた時です。
当時もすでに特別学級、というのがありましてね、そちらに通学している年上のお姉さんが二人ほど見えまして、その内の年の大きい方のおねえさんに捕まってしまいまして。
ぶらんこの、彼女がみている前で、砂を集めて大きな山をつくれと命令されましてね。
一年生ですからね。逆らえません。
チャイムがなり、みんな走って校舎へ駆けてゆくのに、私は命令されているから、山を盛る事がやめられません。一生懸命山をつくりました。必死で急ぎました。授業に遅れては先生に怒られてしまうと思いました。怖くて、不安でたまりませんでした。
授業に行かなくてはならないのに。休み時間はとうの昔に終わっているのに。
私は、ついにしくしくと泣き出してしまったのです。そうすると、彼女は「もういいよ」と言い捨てて、私をおいて一人で走って行ってしまいました。
その時の、校庭に、一人ぽつんと取り残された私の心細さと言ったら。
そして。
誰かにどこかから見られているような気がして、私は、ぶるりとひとつ震えました。
学校は、田舎の山の中にありました。
ふと視線を送った先で、ざわりと樹々が黒く大きく揺れたのを記憶しています。
教室に戻った私は、担任の先生に強く叱責されました。
泣きながら理由を説明しましたが、「そんなものは捨て置いてくればいいのです。いつまでも泣くんじゃありません」と叱られました。多分、アレがケチのつきはじめだったのでしょうねぇ。相性の良し悪しというものは、教師と生徒間にも、きっとあるのですよ。
それからしばらく経って、教卓にプリントを提出しなくてはならない状況がありまして、離席して、先に並んでいた子の後に続いたんです。そうすると、その前に並んでいた子が、手にしていたプリントをね、こう、振り回したわけですよ。
とたん、私の右目に激痛が走りました。
痛みで涙が止まりません。しかし先生は「いつまでも大げさに泣くんじゃない」と、そう仰ったんですよね。
帰宅しても涙が止まらないので、母が眼科に連れて行ってくれましたね。
ええ。角膜に傷が。それで止めようとしても涙が止まらなかったんです。
あの後、学校側とどう始末をつけたのか、私は知りません。以来眼鏡が手放せなくなりました。
記憶の底で、ざわざわと、山の樹々が、黒く
それからしばらく後で、私はあの夢を見ました。
あの小学校には言い伝えがあったそうです。
〇月×日の何時に、一階の女子トイレを使ってはならない。
なのに、私はその時、どうしてもおトイレに行きたかったのです。それで、行きました。
用を足し終えた瞬間でした。
ざわ。
ざわざわざわざ――――
ボコボコボコボコがらがらがら!
おトイレの、タイルの壁が崩れたのです。
そこから姿を現したのは、青く黄色く赤く染まった、傷だらけの顔面を持つ男性でした。特に右目が、激しく損傷していました。
必死で逃げました。学校の中を泣き叫びながら走りました。しかし、とうとう彼は私の背中に飛び乗り、とり憑いてしまったのです。
廊下に倒れ伏して泣く私の前に、仁王立ちした担任の先生がいました。
――ああ、Aさん、あなたは本当になんて馬鹿なんでしょう。だから駄目だと言っていたのに。
非情な冷たい目で見降ろす担任の先生が仰るには、こういうことだったそうです。
その男性は、この学校が建てられた時に、不慮の事故で亡くなった作業員の方だったそうです。ちょうど、女子トイレのあたりまで工事が進んでいたそうで。
真夏のある暑い日、彼は地上にいました。完成しているところから抜けて、ふと空を見上げました。
お天道様がね、まぶしくて、手をかざして目を細めたんだそうで。
だから、上から降って来た鉄骨に気付けなかったそうです。
ぐしゃり。
だから、彼は「おてんとうさま」と呼ばれるようになりました。
一年生でしたからね。まだ噂が伝わってきていなかったのです。
その後、どうしたかって?
先生が助けてくれるはずもなく、お友達も当然そうです。
誰も、私を助けてはくれませんでした。
そうしたらね、私ね、負ぶった彼に、ちょっと同情してしまいましてね。辛かったろう、痛かったろうと。お家に帰ったら、お父さんとお母さんに頼んで、お水をあげるね、と。盛夏のころに亡くなったならば、たいそう暑くて喉も乾いていただろうと。
そうしたらね、彼、「ありがとう、俺が助けてやるからな」と、そう言って。
目が覚めたんです。
それから、しばらくしてからですね。
担任の先生が教卓に立たなくなったのは。
ああ、大丈夫ですよ、亡くなってはいませんから。バスケットをしていてね、アキレス腱を切ったのですって。うふふ。あれからね、私、バスケットが嫌いなんです。これは余分でしたかね。
ざわざわと、記憶の中で、黒い樹々が揺れます。
あれは、本当は、何が
それから、随分長く担任の先生の顔を見ないで済みました。代理の先生のことは記憶に残っていません。穏やかな日々だったと思うんですが、まあ、当然復帰はされました。足は、ずっと引きずってらっしゃいましたね。
それからしばらくしてですね。祖母が倒れたのは。
胃がんでね。ほどなくして亡くなりました。
祖母の葬儀のあと、担任の先生に言われて、みんなの前で立たされましてね。
お休みしていた理由の説明と、祖母を亡くしてどんな気持ちだったかを、お話ししなさいと。
ああ、あの時見上げた隣に立つ先生の顔は、黒くざわざわとしていて、よく思い出せません。
ああ、人間の顔って、見えなくなるものなんだなって。
そう知りました。
まあつまり、あまり人を嫌ったり、呪ったりしないほうがいいと、そういうことです。
相性が悪いなと思っているのは、こちら側だけではないのでしょうからね。
祖母が亡くなってから、しばらくして父に辞令が降りまして、一家そろってその地を離れることになりました。叔母家族も確か同じ時期に土地を離れたはずです。
子供心に、祖母を亡くした地から離れるのは辛かったです。祖母の魂を土地に置いてゆくような、そんな気がしました。終焉の地は、生命の最後の姿を
おてんとうさまも、だからずっとあの場所にいらっしゃったのでしょうから。
でも、大丈夫だったのです。両親が祖母をおいていくなんてありえません。お骨と一緒に、祖母の魂も故郷に連れて戻れましたから。
ええ。連れて行ってくれる誰かがいれば、魂は動けるんですよ。
その後、ほどなくして、T小学校はなくなりました。
焼失です。
はい。失火が原因だったそうです。
ええ、どうも教員による煙草の不始末だったようで。
逃げ遅れた教師の方がいたとかいないとか。
ええ、足を悪くされていて逃げ遅れた方がお一人、いたとかいないとか。残念ですよね。
え? 住んでいたところの詳細な地名ですか?
――まあ、詳しいことは伏せましょう。
でも、多分、調べればカンタンに出てくると思いますよ。
私も、大人になってから新聞を調べて、当時のことを確認しましたので。おてんとうさまの本名も存じ上げていますし、菩提寺にも……ええ。
え? 何年くらい前のお話しかって?
それは、私の年齢から逆算してみてください。
まだ、昭和だったと思いますよ。
ねぇ? そうでしたよね? ●●さん?
え? ああ、はい。彼はいまも私の――
53 Noname
20●●/10/13(●)05:13.42
DMさせていただきます。
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