ばらなしくみこ

井荻のあたり

坊やだからさ

 1995年初頭。インド北部、バラナシでのある日。

 ガンジス川のほとりを歩いていると、絵葉書売りの少年が話しかけてきた。

「ごとうくみこ20さい、あきよしくみこ40さい、ばらなしくみこ50さい!」

「グフッ」

 少年が一生懸命日本語で放ったこれは、対日本人用鉄板ギャグだという。

 ぼくもさすがに初めて聞いた時にはむせ返ってしまったよ。いや、むせ返ってしまったのだよ。後藤久美子も秋吉久美子も世代こそ違え奇跡的な美女なのだよ。コートのどこからでも3点シュートが打てるのだよ。しかし、そこへ誰も知らない、記録にも残っていない幻のシックスマン、ならぬサードオバハンを持ってこられては、それは「グフ」とうなるしかないのだよ(と言いつつ久美子ハウスの久美子さんについては古めのインド紀行本には書かれているものも多いだろうし、なんならジョジョの奇妙な冒険第三部を読んだって、インドでポルナレフが言及していることに気づくだろう。ぼくが久美子ハウスにいたのは一泊だったか二泊だったか。だが久美子さんを直接見知っているからこそ、少年のギャグは強烈パンチになりえるのだ)。

 グフと言ってしまった後には「要らないよ」と続くのが定番だが、そんないけずはなしにして、ここは太っ腹にたくさん買ってあげよう。なぜか! 坊やだからさ。

「見せてもらおうか。ヒンズー教神々の絵葉書とやらを」


 下流へ下流へむかっていると、テレビとかでガンジス川の沐浴の風景としておなじみの川べりの階段が近づいてくる。一度町中の狭い通路に迂回して、街路からその有名な階段に歩いていくと、まぁなんというか、こういう聖地的なところにはたいてい、なんか知らんがボス面した若い日本人どもがたむろしている。何か月そこに住んでんのか知らねーが、そんなことと他人は何の関係もねーぞ、というのがわからない、承認欲求の塊みたいなやつらがふんぞり返っているものだ。

 ぼくもバラナシにはそれなりに長く滞在していて顔見知りではあったので、手だけ軽く上げたあいさつで通り過ぎたら、ブチ切れて背中越しに怒鳴り散らされたことがあった。退屈している奴らを見るたび、すり寄ってご機嫌伺いしないと怒るのか? メンドクセッ。ジムとかプールとかスポーツ施設で常連を気取っているこういうやつって、いるよねー。

 しかしこの階段付近には、いつも変な若い日本人たちがいたものだ。インド人の、プロレスラーみたいにごっついおっちゃんが川の中でスクワットしているのを見て、うおお本場のヒンズースクワットやー、と感動しているぼくの横で、自分はガンジス川を毎日泳いで一往復するのを日課にしていると主張する大学生とか、いつ行っても階段で目を閉じてぶつぶつ言いながら数珠を数えている大学生とか。

 世界中あちこちの国で、1年間休学して海外に長期滞在している日本の大学生ってたくさんいる。自分探しの旅ってやつ?

 数珠を数えている彼のぶつぶつ声が、かすかなため息とともにはっきり聞こえた。

「はぁー。大学、やめようかなぁ」

 ぐふっ。笑っちゃダメ、笑っちゃダメ、ぐふっぶふふー。なかなかやりよる。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ばらなしくみこ 井荻のあたり @hummingcat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ