額の十字架

夕日ゆうや

額の十字架

「いつもありがとうね。ヒビキくん」

「いえ。また持ってきます」

 孤児院を離れていくと俺は自宅に向かう。

 規格外な野菜や傷ついた野菜を孤児院に届けるようになって二年。

 すっかり顔馴染みになっていた。

 この辺りは田畑ばかりで田舎と言えるだろう。

 俺はいつもどおり野菜の調子をみる。

 今年は天候にも恵まれ、日照時間と雨がしっかりとあった。

 農家をやっていて、やはり良いものが育つと嬉しい。

 でも最近は野菜泥棒も増えていると聞く。

 気をつけなければ。

 ナスは明日収穫しよう。

 そう思って眠りにつく。


 翌日になり、ナスを収穫する。

 一つ一つ手でとり箱に詰める。

 夕方までかかり、倉庫にナスを積み上げる。

 日も落ちてきた。

 今日はもう終わりかな。

 気配を感じる。

「誰だ!?」

「やべ! 逃げろ!」

 数人の男が走りだす。

 彼の持っていたナスがコロコロと転がる。

「野菜泥棒か!」

 彼らは田舎道に止めてある車に乗り込む。

 俺はすんでんのところで捕まえることができなかった。

 車のドアを手にかけ叫ぶ。

「出ろ!」

 そのまま急発進する車。

 しがみついた俺は車に吹き飛ばされる。

「――っ!?」

 激痛が走り、額から血が吹き出す。

 身体が冷えていく。

 ああ。俺はここで死ぬんだ。


 目を開けると、目の前には周道服をきた若い女性がいた。

 ここは?

「大丈夫ですか? カム」

 カム? カムって誰だ?

「心臓が止まったのでびっくりしました」

 心臓? それって死んだのか?

 野菜泥棒に轢かれて死んだんだ。

 確か女神に導かれて……。

「もう離れても大丈夫ですね。食事はここに置きます」

 彼女は青い石に手をかざし光を灯すと、部屋を出ていく。

「異世界転生か……」

 自分に何が起きたか、瞬時に理解した。それが正しいとなぜか府に落ちた。


 鏡を見るとそこには十二歳前後の少年が立っていた。カムと言うらしい。

 額の十字架みたいな傷に触れる。

 痛みはない。

 神の試練と言われている。

「カム。もう起きても大丈夫なのですか?」

 先ほどの女性がドアを開けて言った。

「はい。大丈夫です」

「良かった。あなたは馬車に轢かれたのですよ」

「……実は記憶が曖昧で」

 目を見開く女性。

「あなたのお名前を教えてくれますか?」

「……リン。本当に忘れてしまったのね」

 悲しげに目を伏せるリン。

 そんな姿を見て俺も心がざわめくのを感じる。

「すみません」

「いいのよ、ひどい事故だったから」

 俺はどうすればいいのかも分からない。

 その後この世界の話を聞いた。

 誰でも魔法があり、魔石に魔力をこめると光を放つ。火を起こせる。

 ただ魔法至上主義のこの世界では、等級があり区別され差別される。

 俺が魔法を使えないと分かると、リンは青ざめていた。

 カムは使えていたので、額の十字架が原因と考えられた。

 神の試練と。

 もしくは俺が異世界人だからか。

 幼少から魔法を練習していたカムとはちがう。俺は魔法零歳児だ。

 今まで通りこの孤児院ですごすことになった。

 野菜の扱いは覚えているので裏にある畑を任された。

「カムったら、どうしてこんなにも美味しい野菜を作るなんて」

「いやいや、リンさんのお陰だよ」

 あれから二年、俺はこの孤児院にもすっかり溶け込んでいた。

 額の傷跡は無くならず、未だに魔法は使えない。


 昼下がり。

 俺が畑仕事から戻ると、孤児院の前でリンが怪しい男性と言い争っている。

 男性は五人。

 あぶない。

 そんな気がして、俺は間に入る。

「なんですか? あなたたち」

「噂によると神に見放された者がいると聞いたんだがね」

「んん? この青年じゃないですかね? ボス」

 とっさに額の十字架を隠したが遅かった。

「こいつだ。捕らえろ」

 ボスと呼ばれた男は低く唸る。

「カム! 逃げて!!」

 リンが叫ぶと、同時に俺は踵を返す。

「逃がすか!」

 全速力で逃げるが鞭で縛られる。

「くっ!」

「さあ、私たちとくるんだ」

「いやだね。俺はリンさんを守るんだ」

 絶対に。

 絶対に負けるわけにはいかない。

 女神め、何のために転生させた!

「はあぁ!」

 身体の奥底から力が漲ってくる。

 身体からオーラが溢れだし、男どもに手を向ける。

「神性魔術、改一。ベルガギロス!」

 淀み無く溢れていく詠唱。

 神に見初められた力を――

 放つ!

 放たれた魔光弾が男たちを蹴散らしていく。

「す、すごい……」

 呆気にとられるリン。

 力を使いきったのか、俺はその場に崩れ落ちる。

「カム!」

 リンの呼ぶ声が聞こえる。


 再び目を開けると、視界いっぱいに子供たちがいた。

「リンお姉ちゃん! カム起きた!」

 慌ててリンを呼ぶ声がする。

「みんな無事か?」

「うん! みんな大丈夫。カムお兄のお陰」

 子供の一人であるサリが言うと、リンが駆け寄ってくる。

 俺は守れたのか?

 家族を。大事な人を。

「もう心配したんだから」

 リンは目の下に隈をつけて、泣き出す。

 俺は彼女の頭をそっと撫でる。

 子供のように泣きじゃくるリン。

 俺は守りぬいた。

 その実感がこみ上げてくると、震えた。

 あの時、ナスは守れなかったけど。


 でも今はこうして守れた。

 大事なものを。



 この先も守っていくんだ。


             ~完~

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額の十字架 夕日ゆうや @PT03wing

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