03 モネ邸にて

「あれか」


 割と大きなやしきで、アトリエは特注だという。

 幸次郎は邸の扉を叩いた。

 するとモネの家人とおぼしき人が出て来て、紹介状を見せた。

 家人は、めつすがめつしながら紹介状を見てから、中へ入れてくれた。

 応接間で待っていると、モネが出てきた。


日本ジャポネ黒木くんムッシュ・クロキの紹介かね? ムッシュ……コウジロウ・マツカタ?」


はいウイモネ画伯ムッシュ・モネ


 モネは髭をしごきながら「何が目的だね?」と聞いた。


「目的とは?」


「私は画家だ。それ以上でもそれ以下でもない。最近、私に会いたいという人が多くて。それも、の私ではなく、の私に会いたいという輩が」


おれおいはそんなんじゃ無か」


「オイ?」


 突如の鹿児島弁に、さすがのモネも目をいた。

 幸次郎はかまわず、画のひとつを指差した。


これこいと」


 幸次郎は次々と指を差していく。


これこいこれこいこれこいを、全部譲ってたもんせ」


「すまん、言いたいことはわかったが、やはりフランス語で頼む」


 幸次郎は「おお」と手を叩き、自分が蒐集家コレクターとしてやって来たことと示すため、このように振る舞ったと語った。

 モネは詫びた。


「画のために来たのはわかった。私が悪かった。最近、クレマンソーは来ないかと言う客が多くてね」


「クレマンソー」


 フランスのジャーナリストにして、元首を務めるにまで至った人物である。

 このフランスの宰相は、モネの親友であった。


「私がを持っているのではないかと勘違いした客が多い」


 そういう客を紹介した者も、「モネの画を観たい」と誤解させられていた。

 だからこうしてモネは断りを入れるようにしていた。


それそいは災難でしたな」


 幸次郎は天を仰いだ。

 モネはその挙措きょそに面白みを感じたのか、少し笑った。


「ははっ……すまない、歓迎しよう。ようこそ、ジヴェルニーへ」


 どうやらモネは、幸次郎のことが気に入ったらしい。



 ではすぐに幸次郎が画を貰えたかと言うと、そうではない。

 モネはたしかに画を飾っていたが、それは自分用だと断られた。

 なおも言いつのろうとしたが、第三者が現れたため、口を閉じた。

 その第三者は、大きなふちの眼鏡をした青年で、シャルル=エドゥアール・ジャヌレ=グリと名乗った。


「シャルルはこのアトリエの建築、維持を手伝ってくれてね」


 シャルルは一礼すると、眼鏡をくいっと持ち上げたが、それきり何も言わずに押し黙った。

 あまり、人と接することが得意でないのかもしれない。

 幸次郎はどこかでシャルルと会ったような感覚を覚えたが、そうこうするうちにシャルルは失礼パルドンと低く呟いて、どこかへ行ってしまった。


「いつもあんな感じだ。気にすることはない」


 モネは肩をすくめた。


「とにかく、君を歓迎する。今日はもう遅い。泊まっていきたまえ」


 酒は飲めるのだろう、とモネは笑いながら聞いた。

 モネはフランス人として御多分に洩れず、酒を飲むのが好きだ。

 いい相伴を見つけたといったところらしい。


「さあ、行こう。ワインだけじゃない、旨いナポレオンもある」

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