第5話

「いやー、やっぱ映画館で観ると迫力違うよなー!」


 慎太郎しんたろうはファミレスのドリンクバーのメロンソーダをすすりながら、ずっと映画の話をしている。相当気に入ったらしく、パンフレットを購入したほどだった。


「夢は? 面白かった?」

「うん。すごく」


 アイスティーにポーションミルクを溶かしながら頷く。


「そっか。ならよかった。ほっとした」

「え?」


 私は首を傾げた。


「だって、リアクション薄かったからさ。つまらなかったのかなと思って」

「……」


 ぱちぱちと瞬きをし慎太郎を見つめ返す。

 私は今日、楽しかった。

 すごく楽しかった。

 それなのに、反応が薄すぎるせいで慎太郎を不安にさせていたらしい。


「わ、私ね……」


 グラスを支える手にぐっと力が入る。


「小さい頃から感情の起伏が薄いの。感情を顔に出すのも苦手。だから、周りからは冷たいとか、やる気ないとか思われるみたいで……」


 それが原因で、私は教室に居た堪れなくなった。


「でも、今日はすごく楽しかった。本当なの。慎太郎といると、すごく楽しい」


 視界がぼやけていく。

 クラスメイトたちにはどう思われていてもいい。

 でも慎太郎にだけは「冷たい」だなんて思われたくなかった。


「慎太郎、嫌わないで……」


 頬が濡れていく。せっかくメイクをしているのに。でも、涙の止め方なんてわからない。


 ハンカチを出して顔を埋めていると、急に肩が温かくなった。見ると、自分の肩に慎太郎の大きな手が乗せられている。


「嫌いになんて、なるわけないじゃん」


 手の持ち主は、優しく微笑んでいた。


「夢のこと、むしろ尊敬するよ。俺は顔にすぐ出るタイプだからからトラブルになりやすいし。それに……俺も夢といるの、すげえ楽しいよ!」

「慎太郎……」


 彼の朗らかな笑顔に、やっと涙が止まった。

 胸が温かくなっていく。


「ありがとう、慎太郎……」


 そう言うと、手を引っ込めた彼は、なぜか目をぱちくりさせて私を見つめ返した。


「な、なに?」

「いや、笑った顔、めっちゃ可愛いなって」

「えっ? 突然なにっ?」


 驚きすぎて、グラスをテーブルの上に倒しそうになってしまった。今日、改札前で待ち合わせた時みたいに顔が熱くなっていく。


「か、可愛くなんてないし。というか、私、笑ってた……!?」

「めっちゃいい笑顔だったぜ? あー、写真撮っておけばよかった。もう一回笑ってよ」

「恥ずかしいよ! 絶対笑わないから!」


 慎太郎がスマフォのレンズを向けてくるから、必死になって手のひらで遮った。

 そんな私を見て彼はにこにこしている。


「……また、映画に誘ってもいい?」


 ぶんぶん振り回していた手を、慎太郎の手がつかまえてしまう。


「また観に行こうよ」

「うん……」


 私は頷く。


「私もまた、慎太郎とパニック映画観に行きたい。慎太郎とか他のお客さんがきゃあきゃあ言ってるとこ、見たいな」


 そう言うと、慎太郎はぷはっと笑い出した。


「なんだそれ、悪趣味」


 彼はけらけらと笑い続ける。


「映画もいいけど、映画じゃなくてもどこでもいい。夢を笑顔にできるところなら」

「……」


 手元に鏡が無かったから確かめられないけれど、私はきっとまた笑顔になっていたに違いない。



 私の家は門限が設定されている。

 だから、名残惜しいけれどそろそろファミレスを出ることになった。


 テーブルとテーブルの間を歩いていると、後ろからドンと衝撃を受け、よろけてしまった。同時に足元でガチャンと何か落ちる音。


「お、お客様! 申し訳ありません!」


 提げた食器を運んでいた店員さんとぶつかってしまったらしい。足元にはお皿やグラスが散乱していた。「お怪我はしていませんか?」と心配されたけれど、プラスチック製の食器は割れておらず、怪我ももちろんしていなかった。


「大丈夫!?」


 先に会計をしていた慎太郎が音に気がついて戻ってきてくれた。

 私の手を取り、傷が無いか確かめている。「大丈夫」と返事するより先に彼がまた口を開いた。


「本当に怪我はない? リナ」


 ………………え?


「リナ……?」


 自分の耳を疑い訊き返す。

 はっと息を呑んだ慎太郎と、目が合った。

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