第4話

 土曜日。

 約束の十五分前に、待ち合わせ場所である駅の改札前に到着した。

 コンコースの隅で鏡を取り出し、髪型やメイクのチェックをする。今着ているワンピースにも入念にアイロンをかけてきたし、抜かりはないはず。


(ちょっと気合入りすぎかな……?)


 今日は同じ学校の友達と映画を観に行くだけだ。もっとラフな格好でもよかったかも、と思い直す。

 これではなんだかデートみたいだ。


(あれ……?)


「デートみたい」と考えた途端に、なんだか頬が熱い。胸もドキドキしてくる。


(だ、だからデートじゃないってば!)


 自分自身に言い聞かせるのに、鼓動はどんどん早くなっていく。

 こんなことは今までになかった。習い事の発表会だって入試の面接だって、少しも緊張しなかった。

 だから、この胸のドキドキをどうやって押さえればいいのかわからない。


 どうしようとうろたえているうちに「夢!」と呼ばれ振り返る。


 改札を通り抜け、ストライプの襟付きシャツとパンツを合わせた慎太郎がやってくる。シンプルな装いだけど、彼によく似合っていた。ワックスを使っているのか、前髪がかき上げられている。学校にいる時よりもずっと大人っぽく見えた。


「か、かっこいい……」


 ついぽつりと感想を呟くと、慎太郎は照れくさそうに「ありがとう」と笑う。


「夢もかわいいよ」


 さらりとそんなことを言われて、火が付いたみたいに顔が熱くなった。


「えっ、わ、私なんてそんな」

謙遜けんそんすることないって! もしかして気がついてない? 夢ってかなり可愛いよ?」

「そ、そんなことないってば!」


 恥ずかしくて堪らなくなり、私は速足で映画館のほうに歩き出す。後ろを追いかけてくる慎太郎は「本当なのになあ」なんて言っている。


 私はどんどん速度を上げた。

 タコみたいに赤くなっている顔なんて、見られたくなかった。



『きゃあああああっ!!』

「うわああっ!」


 スクリーンの役者が叫ぶ度、慎太郎しんたろうも体をびくっと震わせ叫ぶ。

 並んで座る私も手に薄っすらと汗を掻いていた。


 前もって調べてきた情報によると、このパニック映画は韓国内でも大ヒットしたらしい。

 たしかに出てくるゾンビたちもリアルで迫力があるし、俳優さんたちも演技が上手くてハラハラさせられた。

 でも、それ以上に


「ぎゃあっ! まじかーっ!」


 隣の席の慎太郎のリアクションが大きすぎて、つられて私までびっくりしてしまうのだ。

 始めは「静かにしたほうがいいよ」と注意しかけたけど、気がつけば他のお客さんも「うおー!」とか「やだやだやだ!」とか叫んでいた。


 私は叫ばなかった。私だけは、どうしても叫べなかった。

 冷めているんだということを改めて自覚する。


 でも、この空間にいることがすごく楽しかった。


 ――「楽しい」。


 子どもでも知っているようなその言葉を噛みしめ、胸に手を当てる。

 他人と一緒にいて「楽しい」と感じるなんて、いつ以来だろう。


 隣を盗み見る。画面に目が釘付けになっていた慎太郎が私の視線に気がつき、こちらを振り返る。


「どうかした?」


 小声で訊かれ、慌てて首を横に振り、スクリーンに向き直る。


『ぎゃあああああっ!』


 映画の中では、大勢の人が次々に殺されている。

 それなのに、私の口元はどんどん緩んでいった。

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